いつぶりかの感動、心底、感動

これから安易に「感動」という言葉を使わないようにしようと反省した。今日は本当に感動することがあった。

大学最後のテストが終わった。たぶん卒業できると思うので、今日で三田のキャンパスを訪れるのは最後かもしれない。4年間を振り返ってみると、大学に対して、愛着も誇りも嫌悪も何も湧いてこなかった。それなのに人気が少ない夕方のキャンパスを出口に向かって歩いていたら、一人でしみじみ切なくなってしまった。東京での生活も、そろそろ終わるのだ。3月から親しんだ人たちとも当分は会えなくなるだろう。

本題の感動した話に移る。

今日の夜、いつも通り、自宅の最寄り駅の近くで適当なご飯を食べてから家に帰ろうとした。しかし何も食べたいと思えない。あの松屋の新商品・ビーフシチュー定食でさえもだ。もっと、優しい味が欲しい。家庭料理みたいな。家庭料理といえば肉じゃが。

久々に自分で料理をすることを決めた。もちろん作るのは肉じゃが。

いつも自炊するとなると、適当に料理して、失敗していた。だけど今回は『土井善晴のレシピ100』の肉じゃがレシピを参考にすることにした。先日「ほぼ日」の土井さんと糸井さんの対談を読んでまんまと魅了され、Kindle版で購入していたのだ。

スーパーの端のほうでiPhoneの画面に写るレシピの材料欄を凝視しながら、少し驚く。食材はじゃがいも、玉ねぎ、牛肉、ネギ、しらたきのシンプルな5種類、調味料も酒、みりん、砂糖、塩だけ。え、ダシもなんも使わないの!? こんなんで本当においしくなんの!? かすかな懐疑心が芽生えた。実家で母親が作っていた、自分の大好物の肉じゃがを思い浮かべる。もっと、人参やダシの素など、いろいろ入っていたような気がする。

しかしレシピには絶対服従すべしと習った。「料理は引き算」という名言らしきものを思い出し懐疑心を必死に拭いながら、材料を買って家に帰る。しかし料理を始めようと工程欄を見て、懐疑心がぶり返す。よく見たら、「水」を使わないのだ。信じられん、肉じゃがに水を使わないなんて! こんなん水分足らんやん! 「肉じゃが」じゃないやん!

しかしキッチンではレシピが法律。他のいかなる法も適用されない。しっかり工程をなぞって、調理していく。もうここまで来ると懐疑心が信仰心を勝り、逆にレシピが間違っていてほしいと思っていた。「ふたをして15分中火で煮る」のあと、鍋底が焦げついていてほしかった。ほれ見たことか! と悪態をつきたかった。「蒸し煮」という言葉を鼻で笑いたかった。

だが「ふたをして15分中火で煮」て、「しょうゆを加えてさらに5分煮」て、「仕上げに青ねぎ(今回はほうれん草で代用)を入れて、さらに2〜3分煮」たら、とてもおいしそうに仕上がってしまった。水分加減もめちゃくちゃ丁度いい。あえて気になる点を挙げるとすれば、じゃがいもの表面に浮かぶまばらな醤油のシミだ。これは混ぜる工程がなかったのが悪いんちゃうの? と悪質なクレーマーが繰り出すような文句が頭に浮かぶ。しかしレシピ前ページの「料理の狙い」にちゃんと「味の濃くついたところと、ついていないところのメリハリがアクセントとなっておいしいのです。均一に煮上げようと思わなくてよいのです」と書いてあった。丁寧な語り口に、まるでこちらの悪態を間接的に非難するような気配を感じ、一人歯を噛みしめる。

しかし見た目はともかく、一番大事なのは味だ。レシピ通り、異様に大量の砂糖を入れた。甘ったるくなってるんじゃないのか。不安と期待の両方が浮かぶ。

深みのあるボウル皿によそった肉じゃが、そしてスープとごはんを部屋のテーブルに並べて、両手をあわせ、食べ始める。もちろん肉じゃがから。

最初に口に入れたじゃがいもを歯でホクホクと崩しながら、たまげた。味がぶわーって広がる。なんだかじゃがいもが、すごくじゃがいもじゃがいもしてるのだ。つまり、じゃがいもの風味がすごく強いのだ。もちろん味付けもバッチリ。ほどよく甘辛くて、めちゃくちゃうまい。

止まらない。玉ねぎも風味がぎっしりつまったままで、めちゃくちゃ優しく甘い。この優しさ、求めてた。鍋のなかのうまみといううまみを全て吸ったであろうしらたき。主役顔負け、超うまい。そして味の濃いところとあっさりしてるところのギャップにメロメロ。食べてても全然飽きない。「土井ちゃんの言ってたとおりだわ〜」とニヤニヤしながら思う。おいしさのあまりなぜか敬称略だ。てか、なんだこれ、俺こんなの作れんの? レシピ通りにしただけで、こんなにおいしいもん、作れんの?

感動した。いつもなにかの感想を言う際に迷った挙句、とりあえず口にする「感動した」とはちがう。言葉にはしていなくても、そもそも「感動」を意識していなくても、心底、感動した。こんなシンプルな材料、工程でこんなにおいしい料理が作れるなんて。魔法かよ。俺も魔法使えるのかよ。今日の料理は本当に驚きの体験だった。正直、大好きだった母親の肉じゃがを今思いだすと、水分多すぎびちゃびちゃの「薄味」に思えてくる。

そして、土井善晴先生には土下座したい気持ちでいっぱいだ。これからは土井さんのレシピを一切疑わず、というか崇拝しながら、料理に挑戦してみようと思う。さっそく噂の「洗い米」も明日朝用に準備した。

今日の「肉じゃが」は料理にハマるきっかけになりそうだ。これからは自炊をもっとしてみようと思う。まあ、一人暮らしもあと少しで一旦終わりだけど。

盛り付けのセンスが皆無だが、写真を貼っておく。(レシピ本通りに具材ごとに配置を分けようとしたが上手くいかなかったのだ……)


ちなみに青ネギの代わりにほうれんそうを使用したのは、cakesの「スープ・レッスン」で紹介された「くたくたほうれんそうのスープ」も作りたくて、ほうれん草を買っていたからだ。青ネギだと一束買っても絶対余るし。

ほうれん草がベロンベロンで、こちらもシンプルなのにめちゃくちゃうまかった。写真を貼る。これもぼくの技術が酷くて見た目はアレになっちゃったけど、本当においしかった。


気合い入れて日記書きすぎて、めちゃくちゃ時間を使ってしまった。まあ昨日が適当だった分、いいか。

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