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2/14マレーシア ペナン島 うるさいほどの静寂

きっとあの宿が、バンコクで最高の場所だと思う。
施設はお世辞にも良いとは言い難いが、スタッフ達の人間性は素晴らしかった。昔からお互いに知った仲のように毎日過ごした。
周りのゲスト達も皆一様にいい人間達だった。

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昨晩夜遅く、スタッフのサムがカレーを作ってくれた。
彼はタイとインドのハーフのようでインド料理店で働いた経歴も持っているらしい。その腕前は確かで、本場仕込みのスパイシーなカレーを提供してくれた。

そして朝7時頃、女の喘ぎ声と共に起床。
違う部屋から我々の所にわざわざやってきておっぱじめたようだ。
申し訳程度のカーテンの隙間からは重なり合う体が見え隠れしていた。

なんとも形容しようのない気持ちのまま階下へと降りタバコを吸う。
「おはようサム」
「おはよう」
「部屋で誰かヤってるよ」
「マジかよ」

彼は様子を見に行った。
「あとで罰金払ってもらうことにするよ。」

ざまあみろ。

その後、部屋へ戻って歯を磨いている間も彼らは真剣にその作業に打ち込んでいた。

ロビーでトーストを食べているとニックが起きてきた。
「おはようニック、あの声聞いた?」
「ああ、録画して友達に送ってやったよ。」
そんなニックも今日で宿を出て住んでいるバリに帰るようだ。
彼は夕方に吹くバリの風のように爽やかに去っていった。

二度目の予防接種を受けに病院へ行った後、近くのルンピニー公園という大きな公園を一周散歩した。
車やバイク、都会の喧騒は湖や木々がすべて吸収しているかのように静かな場所でリスや大きなトカゲたちは気持ちよさそうに彼ら自身の生活を営んでいた。

宿に戻りながらまたパンを購入して、夜は食堂でガパオライスを食した。
この時にちょうど甥っ子から電話がかかってきて少し会話を楽しんだ。

夜にはサムとエジプト人アフマドと話をしていた。
彼らに限らず、多くの俺が話した人たちは日本のことを本当に良く思い、良く言ってくれた。
多少日本人からするとそれはちょっと良い面しか見てない気がするという箇所もあったが、世界中の人たちが我々の国のことをこれだけ褒めてくれることを実感出来たのはうれしく思ったし、こうして海外に出ることで海外からの本当の日本の見られ方を知るのは日本に留まっていては出来ない事だと感じた。

インド人ゲストがホステルにカレーのデリバリーを頼んでいたらしく陽気なインド人がロビーにカレーを持ってきた。
彼は陽気すぎるように見え、受付のベルをこれでもかというほど鳴らしては踊っていた。

彼は唐突に真面目な顔で俺に
「吸いたいか?」
と聞いてきた。
もちろんそれは大麻のことだ。
興味はあるが今ここでこのタイミングで吸うものではないような気がして(正直なところ怖かったのもあった)断った。
写真の酒飲みブリティッシュのロンとアフマドも興味なさそうに断っていた。

帰り際、ニジンスキーのようなステップのまま彼は
「うるさくしてゴメンよみんな」
と我々と握手を交わし帰っていった。

2/13

今日、宿を出る。
予防接種を受けるため立ち寄っただけのバンコク。まずは体を慣らすだけかななんて考えていた場所だったがここまで素晴らしい人たちと出会えたことによって俺にかなりの寂寥感を与えた。

午前中に準備をしながらみんなと写真を撮って、午後1時ついに全ての荷物を持ってドアを開けた。
この9日間、大きい荷物を持ってこのドアを開けたのはチェックインの時だけであった。
荷物が多いのも勿論あるのだろうが、ドアがとても重く感じた。

GrabTaxiを使って駅まで行き(非常に便利だった)、15時10分発のマレーシア国境行の寝台列車へと乗り込んだ。
乗り込むとすぐ物売りのおじさんが来て有無を言わさずガパオライスをビニール袋に詰め込み渡してきた。まるで当然のように。
一応値段を聞いたら50バーツ(175円)だったのでまあ買っておく。
すぐに今度はおばあさんがきて水を渡してくる(35円)。

列車はゆっくりと走り出した。
線路わきの家屋に住む人たちの表情を見分けられる速度で。

三島由紀夫を読みながら、ラブリーサマーちゃんを聴きながら、西側の窓から落日を望む。
午後六時頃、車掌がベッドの準備を始める。向かい合わせだった席は手際よく二段ベッドへと変わった。
体を横にするとどっと疲れが体の内側から湧き出てきてすぐに俺を夢の中へと誘ってくれた。
しかし車内の電気は点いたままであったので夜中何度も目を覚ましてはジーンズの心地悪さに辟易した。

2/14

朝9時頃、マレーシア国境近くのパダンブサール駅へと到着しイミグレーションへ並ぶ。
進まない列の後ろから
「日本の方ですか?」
と綺麗に透き通った雪のような儚い声がかかる。

彼女は仕事を退職し2ヶ月ほど東南アジアを回っていたらしく、もはや旅は終盤のようだ。
清潔感のあるショートカットと眼鏡がよく似合う女性だった。
違う電車に乗る我々はすぐに別れた。
「いい旅を。」
あなたも。

マレーシアとタイは時差が一時間ある。
時計をセットし、電車を乗り換えてペナン島近くのバターワース駅へと向かう。
2時間弱電車に揺られて駅へ到着しフェリーに乗り10分そこらでペナン島へと足を踏み入れた。

予約していた宿へ歩き、部屋へ通される。
10個のベッドがある部屋には俺しかいない。

あれほど賑やかだった宿から一変、静かな寝室だ。

寂寞と夜のしじまが残る夜
彼女の声がしみ込んだ耳

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