テクノロジーによる技能の複製:100点の大量生産

人の手で行われていた仕事が、テクノロジーの発達によって人の手を必要としなくなってきました。仕事が奪われてしまうのは不甲斐なく感じるし、「収入源がなくなり仕事がテクノロジーに置き換えられてしまった人たち」と「置き換えられない人たち」の間で格差が生まれます。テクノロジーの発達は、一般的にディストピア的なイメージが強いです。

テクノロジーは人の持つ技能をコピーし、人件費よりもはるかに安い価格で技能を再現できます。コピーと再現、つまり技能の複製です。上記のようなネガティブ面が注目されがちですが、決してネガティブだけではないはずです。ぼくは専門家でもなくそこらへんにいるデザイン学生の一人ですが、コロナで暇なので考えてみます。

カラオケの採点機能

カラオケに友人と遊びに行くと、大抵採点機能をオンにします。採点しているのは、よく液晶の下にある、カラオケを制御しているあの箱型の機械です。カラオケの箱と呼びましょう。

カラオケの採点機能では、点数が付けられることにより、自分がどれだけ上手く歌えたのか分かります。点数は全国ランキングにもつながっており、日本にいる誰かに比べて自分は上手いのか下手なのか比べることができます。

何事も、採点を行うためには評価軸が必要です。採点するための基準があります。また、それはつまり100点が存在するということです。そして、評価軸に沿って減点方法もしくは加点方法が存在します。カラオケで歌う一人一人に対して細かく採点ができるということは、つまり全国(もしくは地域、ある程度大きな集団)で統一された評価軸と100点が共有されているということです。カラオケの採点機能とは、評価軸と100点が、一つ一つのカラオケの箱に共有されていることで初めて生まれるイベントです。

最初に書いた技能の複製に無理やり結びつけると、一つ一つのカラオケの箱は100点の技能を知っているということになります。カラオケの箱は100点の歌を再現できるということです。そして歌を作ったアーティスト本人さえ100点を取ることが難しいと聞きます。しかし初音ミクなら100点を出せるのでしょう。つまり、人間が再現できなくとも、評価軸さえ用意すれば理論的な100点を導き出し、テクノロジーがそれを再現できます。逆に言えば、人間の持つ感性で100点だと評価されているわけではありません。

Dear Glenn

上記のカラオケの例は、評価軸に基づき理論的に作られた『正解技能』の複製例でした。感性的に極められた100点:『完成形技能』の複製例としてヤマハのAIプロジェクトを引用させていただきます。

今回公開するのは、グレン・グールドらしい音楽表現で、任意の楽曲のピアノ演奏ができるというシステムです。未演奏曲でも、楽譜のデータさえあればすぐに演奏できるという特徴を持ち、その再現手法としては世界初となる「深層学習技術」を採用したAIシステムです。自動演奏機能付きピアノと、グレン・グールドらしい演奏データを瞬時に生成しピアノに演奏を指示するAI(ソフトウェア)から構成されます。
AI部分の開発にあたっては、彼らしい表現とは何かを追求するために、グレン・グールド・ファウンデーションの全面的な協力のもと、100時間を超えるグレン・グールドの演奏音源を解析し、得られたデータをもとに、深層学習技術を用いました。(サイトより引用)

このプロジェクトの目玉は、伝説的ピアニストの故グレン・ゴールドとの合奏を体験できることにありますが、記事の趣旨とは異なるので割愛させていただきます。

理論的な正解技能の複製例に対して、こちらは大量のデータとAI技術を用いてグレンさんの演奏のクセ、すなわち「グレンさんらしさ」を複製しています。「らしさ」という技能を取り出し、あらゆる曲にその技能を適応させることができます。また、正解技能の複製には明確な評価軸が必要なことに対して、完成形技能の複製には大量の演奏データが必要になります。具体的には深層学習のための教師データのために必要です。

美空ひばり|VOCALOID:AI

同じくヤマハのプロジェクトからの引用となります。昨年末、NHK紅白歌合戦にAI美空ひばりが出演したことで賛否両論の議論が起こりました。

没後30年を迎え、歌謡界のトップを走り続けた絶世のエンターテイナーである美空ひばりさんの新曲ライブを具現化するために、4K・3Dの等身大のホログラム映像でステージ上に本人を出現させ、秋元康さんがプロデュースした新曲を、現代のAI(人工知能)技術を用いて美空ひばりさんの歌声で再現しました。(サイトより引用)

美空ひばりさんのボーカロイドも、やっていることは基本的にDear Glennと同じです。ただ、今回は「らしさ」を含めて歌声そのものも複製しています(姿も複製されています)。

しかしAI美空ひばりの例では、完成形技能である「美空さんの技能」がコンテンツ化され消費されてしまっているとも言えます。おそらく故人をコンテンツ化しているという点で賛否両論を生んだのでしょう。

話が逸れますが、歌声に限らず没後の人間のデジタル化=コンテンツ化が技術的に可能になっています。モラル的に肯定されづらいですが、残された人々の心の隙間を埋めることができる点で注目されています。他の例として、司馬遼太郎さんの小説「竜馬がゆく」はフィクションですが、実在の人物「坂本龍馬」をコンテンツとして扱っています。その点、故人をコンテンツとして扱い消費することは既に行われ世間にも受け入れられているため、今回はメディアが変わっただけとも言えます。しかし、やってることは同じでもメディアによって人の感受性は異なります。もしかしたら今回は歌声という技能のコンテンツ化が生々しすぎたのかもしれません。その人の「生きていた証」を複製してしまったような感覚でしょうか。ここらへんもまた、人類が直面している問題のひとつだと思います。(一部、讀賣新聞の記事を参考にしました)

端的に言って、コンテンツ化され複製された技能は、人々が楽しむエンターテインメントの一つとなっていくと思います。エンターテインメントのコンテンツとして、消費されていく。次の例は、完成形技能が複製されることで完全に人々のエンターテインメントとして楽しまれているモノです。

フレディ・マーキュリー度数の測定・フレディになろう

ユーザーが端末のカラオケでクイーンの曲を歌うと故フレディ・マーキュリーにどれだけ似ているかを判定するAI採用Webアプリ「FreddieMeter」です。こちらは採点されるという点でカラオケと同じ楽しみ方ができるサービスですが、正解技能ではなく完成形技能が評価軸になっています。誰もがフレディのように歌えるというような、完成形技能の複製ではありません。しかし似ているかの判定ができるということは、すなわちフレディの歌い方という完成形技能の100点および評価軸を知っているということです。

「FreddieMeter」とはまた別のシステムで、カラオケであらゆる人の歌声をフレディに変えるというモノもあります。こちらが完成形技能の複製になりますね。このシステムはフレディだけでなく、アニメのキャラクター(=現役の声優)だったり昔の映画のロボットだったり、誰の声でも適用できるようでした。誰の声でも複製され、コンテンツ化されうるということなので少し恐ろしい気もしますが、現在はエンターテインメントの範疇で止まっています。昨年のAI・人工知能EXPOで展示されていたのですが、残念ながらもらった資料が今手元になく、インターネットからも情報を見つけられませんでした。

技能の複製は音楽だけではない

ここまで引用した例が全て音楽関係でしたが、技能の複製は音楽業界だけではありません。AIが仕事を奪うと言うくらいですから、全ての技能に「テクノロジーによる技能の複製」の問題が付き纏うと思います。音楽と同じ芸術の領域である美術はもちろん、ものづくりの技能、身体を使う全ての技能が対象です。

デザインもきっと対象です。失礼を承知の上での発言ですが、特に大量のデータを簡単に集めることができそうな「スタイリングの技能」はすぐにAI技術で複製できてしまうのではないでしょうか。しかし「FreddieMeter」が既に世に示したように、複製された完成形技能が今度は評価軸として機能していくのもまた面白いです。

人類規模だったり、国民的規模で文化的価値のある完成形技能の複製の話をしてきましたが、もっと個人レベルの身近な例もあります。たとえば「母親がしている洗濯物の畳み方」も技能として複製できるでしょう。コピーしてデータ化したら、あとは保存しても共有しても加工しても自分の手にペーストしても、やりたい放題です。

「技能の複製」のポジティブな可能性

「技能の複製」におけるポジティブな可能性のひとつは、複製とはデータ化された技能のひとつの使い方に過ぎないという視点です。ちょっと既に書いちゃいましたが、技能の複製により便利化と効率化ができるという視点ではなく、技能をデータ化することで保存・送信・加工・共有ができるという視点です。パソコンの中で、どんなデータも最初にダウンロードした後「名前を付けて保存」しますよね。その後はデータに対して様々なアクションを取ることができます。そのアクションができる理由は、対象がデジタルとしてデータ化されているからです。

保存に着目すれば、例えば後継の問題が多くなってきていそうな無形文化として職人たちの技能の保存ができます。どんな職人も、一度「完成形」を公開すれば(大量のデータが必要にはなるものの)、彼らの技能はデータとしてコンテンツ化されます。文字通り個人の「腕」にだけ宿る技術を、「名前を付けて保存」ができるということです。

次は共有です。インターネットの確立により物理的な距離を超えて人々がコミュニケーションを取れる時代になりましたが、今後は技能も物理的距離を超えてやり取りできるようになるというのはどうでしょう。時間軸もお構いなしです。大昔の職人の技能を自らの腕に宿らせることができたらどれだけ面白いでしょう。同様に1000年後の人類をターゲットとすれば、今のぼくたちの技能(つまらない例ですがたとえばタイピング技能)をキーボードと共に残しておくことは大きな価値がありそうです。

技能のデータを加工することは、特に例が思い浮かびませんでした。しかしフォトショップ で写真を加工するように、技能の加工をするとは一体どういうことなのか、また考えてみたいです。いずれにせよ、加工後は現実で再び出力しないと何にも繋がらないので、制限は多いでしょう。

自分の技能をデータにしてコピーし、自分の技能の「らしさ」をキープしたまま人間には不可能な技能へ加工し、テクノロジーに再現させるのも楽しそうです。実生活で何に使うのかは知りません。

しかし、やはり誰かが必死に磨いてきた技能をコンテンツ化してエンターテインメントとして消費するのは、なんというかやはり寂しい気がします。

そこで、別のアプローチを考えました。正直こちらが本命です。テクノロジーは正解技能や完成形技能をいつでもどこでも何個でも、技能を柔軟に応用し再現できる(AI美空ひばりが新曲を披露したように)。ということは、それらと「正解ではない技能」や「完成形ではない技能」との違いを知っている、区別できるはずということです。さらに言うと、それらの間に存在する違いを具体的に認知できます。具体的とは、「何がどう違っているのか」です。

まとめますと、いつでもどこでも柔軟に正解技能や完成形技能を生産できることを利用して、複製された技能を、他の誰かのための習熟ツールに仕立て上げることができます。(『脳を含めた自らの身体技能を磨いていくことは、人間の本質の一つである』と個人的に思っているのも、この考えの理由のひとつです。)テクノロジーに100点の技能の複製を任せるだけでなく、誰でも自分自身の技能を100点に近づけていくことができるのではないか、という可能性です。辿り着く先は正解技能や完成形技能なのでつまらない気もしますが、そこまでの道のりを一気に短縮できます。習熟の道のりを短縮したら、正解技能や完成形技能をさらに土台にできるのではないかと思います。

また、文化的価値のある完成形技能に自分自身を近づけていくのも一つの面白い体験でしょう、完成形技能は正解技能とは違って無数に存在するからです。なりたい完成形技能を選んで習熟し、それを土台にして独自の完成形技能を目指すこともできます(どんな技能の習熟にも最初はマネや写経から始めますよね)。

(自分の完成形技能をまたデータ化して共有すれば、さらに誰かの技能習熟の土台になり、そのサイクルで集積的に人類を進化させたりできませんか?)

ちなみに:卒業制作

2020年千葉大学デザイン学科卒業制作展・意匠展にて公開されていた、ぼくの卒業制作のコンセプトはこの記事なのだと思っていただけると幸いです。制作の動機は、単にスケッチのトレーニングツールを作りたかったわけではありません。テクノロジーによる技能の複製、そのポジティブな可能性のひとつ「技能の習熟」を具体的に作ってみたかったというのが最初の出発点でした。ちなみに、正解技能か完成形技能か、の分類に当てはめるならば、卒業制作はカラオケと同じ、理論的な正解技能の複製です。

スケッチには完成形技能ももちろんあります。完成形技能の複製もいつかできるようになると思います(たとえば山中俊治先生の独特なあのスケッチ技能をマネしたくなるように)。現代に生きるプロのデザイナーも、そのスケッチ技能をコンテンツ化されていくのでしょう。自分以上の100点技能をテクノロジーが生み出すかもしれないと思うと、怖いですがワクワクします。その100点技能は、明らかに自分の技能(クセ、らしさ)を使っているのに、自分の技能で作られた作品よりもずっと完成度が高く美しい作品を生むんです。しかも無限に。

※ぼくの卒業制作を知らない方は、どうかご容赦ください。記事には明記しません。

まとめ

正解技能にしろ完成形技能にしろ、一度評価軸ができてしまえば、テクノロジーが100点技能とそれを使った100点アウトプットを大量生産できます。大量生産に人の手は必要ありません。効率的で便利なので、テクノロジーによる技能の複製は止められません。ですので、デザイナーとしては大量生産(複製)される100点技能の扱い方をデザインする必要があると思います。100点技能とそれを使った100点アウトプットを同時に生産し続けるテクノロジーをネガティブな視点だけで捉えず、ポジティブな視点で生活に組み込んでいけたらいいのではないでしょうか。

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