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【連載小説】ライトブルー・バード<5>sideリュウヘイ②

↓前回までのお話です。

   俺、アルバイトをするぞ!!と星名リュウヘイが家族に宣言した2ヶ月前の夜、張り切っている息子に父は言った。

「う、うん…社会勉強としては最高だとは思うが、リュウヘイ…その…、大丈夫なのか?」

  母も言った。

「…アルバイトねぇ。働いてお金を得ることの大切さが分かるいい機会だと思うけど…リュウヘイ大丈夫なの?」

  妹たちまで言った。

「へぇー、アルバイトするんだ。わーい!じゃあ、お土産にストロベリーパイ買ってきてネ。…でもリュウ兄、本当に大丈夫?」

   アルバイトを始めて1ヶ月後、井原サトシが客として店にやってきた。ちょうどフロアを掃除していたリュウヘイを見つけ、珍しく「よっ!」と右手を上げる。…そして彼は言った。

「…ドジ踏むなよ。ま、せーぜー頑張れや」

……って、あらゆる方面から言われている自分って一体!!??

   ここはスタッフルーム。予定より早く店に着いてしまったリュウヘイは只今ここで待機中。オレンジジュースを一気に飲み干した後、彼は「ふぅ…」とため息をついた。

「あはははは!!  それにしても愛されてるなぁ…リュウヘイ」

   パソコンに向かってシフト表を作成中の小暮サヨコは豪快に笑う。

 「そんな愛なら俺はいりません」

  「そんなこと言わないで愛玩犬なら愛玩犬らしくおとなしく愛されとけよ。な?チワワ」

   「サヨコさーーん、隙あらばちょくちょく入れてくる『チワワ』ってワード、一体何なんですか? 俺がチビだから…なんでしょうけど、地味に傷つきますよ」

  ブスッとするリュウヘイ。

 「そうかなー? リュウヘイのルックスは色々得していると思うぞー」

「『バス料金が半額でごまかせる』なんて言ったら今日の仕事バックレますよ」

「あぁ、そんなメリットもあったか!」

「納得しないで下さいよ!!」

「冗談冗談…。マジな話、リュウヘイは主婦パートに一番人気があるぞ。『息子にしたいバイト君』でアンケートを取ったらオマエが絶対1位だよ」

「は、…はぁ。そういや俺、オバチャンたちからよく飴やチョコをもらうな」

「だろ? 可愛いワンコを見たらジャーキーあげたいのと一緒だよ」

「あー!サヨコさんっ! また犬扱いするしっ!!」

  リュウヘイが口を尖らせていると、『ピンポーン!!』とインターホンが鳴った。スタッフならば暗証番号を押して勝手に入ってくるのだから外部の人間がやって来たのだろう。

「誰だ?」

「おっ、やっと来たか」

   サヨコが立ち上り入り口へ向かう。そして中からドアを開けると、ランドセルを背負った小さな女の子が立っていた。

「リュウヘイ、紹介するよ。この子は私の娘のモモカ。普段は私の両親が見てくれているんだけど今日は都合が悪くてね。そうゆう時はここで待たせてもらっている…」

「へぇ、はじめまして」

   リュウヘイが挨拶すると母親似のモモカは恥ずかしそうに微笑む。ちなみにサヨコはガラガラした性格だが、外見はかなりの美人なのだ。

「うわぁ、サヨコさんそっくり!!よかったですね」

「だろ?」

「外見だけなら…ですが」

「んーっ?」

  サヨコの鉄拳がリュウヘイの脇腹へ命中したのは、ここから5秒後の話。

    「…はい、じゃあ次は『7の段』ね」

    最初は恥ずかしがっていたモモカだが、すぐにリュウヘイと打ち解け、一緒に宿題が出来るほどの仲になった。雑談を挟みながら勉強する2人の姿はまるで本当の兄妹のようだ。

  「悪いなリュウヘイ…に、してもお前、小さな子の相手するのが上手いな」

   キーボードを打ちながら、サヨコは感心した声を出す。

  「妹が2人もいれば慣れっこですよ。ウチは両親が共働きなんで、よくアイツらの面倒を見ていましたから…。そういや俺、野球よりも『ままごと』やった回数の方が多いかも」

「ふ~ん。リュウヘイ、いい兄貴してたんだなー」

    サヨコは優しい笑みを浮かべた後、視線をパソコン画面に戻し、Excelとにらめっこする。その表情は普段のおちゃらけているサヨコとは別人のようだ。シフト希望者が集中する時間と、そうでない時間との折り合わせは毎週大変だろうな…とリュウヘイは思った。

  「ねぇねぇ、リュウヘイくん!!」

  「ん?」

   モモカが突然リュウヘイの胸ポケットを指さした。どうやら黒地に黄文字で『星名』と書かれているネームプレートが気になったらしい。

  「リュウヘイくんの名字ってキレイだね。漢字がキラキラしている」

  「…………えっ?」

   その瞬間、リュウヘイの視線は遠くを見る目に切り替わり、肩をすくめてクスッと笑った。

  「なんだなんだリュウヘイ? 思い出し笑いか? やらしいなぁ~」

  「サヨコさん、違いますよ。モモカちゃんが幼なじみと同じこと言ったから、つい懐かしくなって…」

「へぇー」

 「家が隣同士の女の子なんですけどね。俺、『そんなに星名って名字が羨ましいんだったら、俺と結婚すれば?』って言っちゃって…」

「あら、おませさん♥️ で、リュウヘイはその子のこと好きだったんだ?」

 「うーん、『恋愛感情か?』…って聞かれると微妙なんですよね。気がついたらいつも横にいて、これからもずっと一緒なんだろうな…って当たり前のように思っていただけだから…。でも『女きょうだい』とも違う。妹がいるから違いが分かるんですよ。アイツらは時々憎たらしくなるけど、何かあったら絶対守ってやらなきゃって思ってて…」

「うんうん」

「…でも、幼なじみ…あ、『カエデ』っていう名前なんですけどね、…カエデは俺が…いや、俺なんかが守っていいのかな?…って悩む時があります」

 「それはそれで『大切な存在』って言ってるようなもんだろー」

 「まあ、そうですが…」

    小1で(一応)プロポーズをされ「嬉しい!!ずっと一緒にいようね!」…と満面の笑みを浮かべたカエデの顔をリュウヘイは昨日のことのように覚えている。そんな彼女が現在、自分が原因でグループの女子たちからいじられている…と思うと心苦しくて仕方がない。

 「…サヨコさんは高校時代に『女子トラブル』経験したことあります?」

「あるよ。ないヤツの方が少ないんじゃないか?」

「全員シメました?」

 「オマエこそ私を何だと思ってるんだ?」

 「ははは…スミマセン。…実はカエデ、俺が隣の家に住んでるっていうだけで、同じグループの女子からセクハラレベルでいじられているんですよ。一応、報告はしてくれるけど、アイツ…半分以上のことは隠していると思うんですよね。俺がバカだから気がつかないって思っているのかな?」

   もしも隣に住んでいるのが自分ではなく、サトシならば状況は違ったのだろうか…と最近は何度も思ってしまうリュウヘイだった。

「言い返せないって分かっている子を茶化すのは『いじり』じゃないよなー。少なくとも私は反発しそうなヤツしかいじらないぞ。それに『1VS複数』だろ?最低じゃん」

「…ですよね」

「リュウヘイが周り気にしてどうする?オマエの長所は『勢い』だろ? つべこべ言わずに守ってやれよ」

「はい」

「それにそのカエデちゃんって子…」

「はい?」

「いや、何でもない。……よーし! 今日のノルマ終わった! !じゃあリュウヘイ、私はここでアップするぞー。モモカお家に帰るよ」

「はい。ママ! リュウヘイくんのおかげで私も宿題終わったよ」

「おぉ偉いな。サンキュー、リュウヘイ」

「いえいえ」

「お礼にいいこと教えてあげる」

「ん?」

サヨコはリュウヘイの耳元に顔を近づけると、モモカに聞き取られないような音量でささやいた。

「マナカとのこと…私はオマエを応援してるぞ。ガ・ン・バ♥️」

「………………えっ?」

「じゃーなリュウヘイ!」「バイバイリュウヘイくん!!」

「………………バ、バイバーイ」

  ひきつった笑顔で手を振るリュウヘイ…。

   サヨコたちが帰り、スタッフルームで1人なったリュウヘイはフリーズしていた。

(えっーと、…つまりアノ言葉はアレがアレだから、それなワケで…)

   現実を認めたくないリュウヘイは、思考を何度も迂回させていたが、結局のところ、たどり着く現実も真実も1つなワケで…。

 (ササササ…サヨコさんにバレてたぁぁ!!)

  思わず「うわぁ!!」と声を出す。そして今度は意味もなく部屋を歩き回ったり、頭を抱えながらブツブツと呟いたり…。

「は、恥ずかしいじゃん俺」

  そんなリュウヘイの奇行を、仕事が終わった熊田に目撃されるのは、ここから5分後の話。

そして…

『リュウヘイくんへ。かのじょがいないなら、わたしがけっこんしてあげてもいいよ』

というモモカからの手紙をサヨコ経由で受け取ったのは、この日から5日後の話。

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↓<6>に続きます。


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