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【連載小説】ライトブルー・バード<8>sideマナカ②

↓前回までのお話です

そして超簡単な人物紹介はコチラ↓

星名リュウヘイ(主人公・おバカ)/山田カエデ(乙女)/井原サトシ(残念なイケメン)/今泉マナカ(クソマジメ)/荒川ヒロキ(常識人)         ※ヒロキのみ大学3年、他は全員高校2年生。

   *

   不安な気持ちで桜を見上げていた高校の入学式を今泉マナカは時折思い出す。

  あの頃は『青春』という言葉が嫌いだった。

   あれはいわゆる『陽キャ』のモノで、自分は全く関係のない場所にいるのだから…と。

「私、もう吹奏楽はやらない。他の部活にも入るつもりはないから」

    入学式の帰り道、マナカは両親にそう告げた。2人とも既に分かっていたようで特に驚いた様子は見せない。

「…でも何か熱中できることが見つかるといいね」

  母親がマナカの肩をポンと叩く。

  (ううん、私は本と『マモル』がいればもう何もいらない)

    家でお利口に留守番しているであろうチワワの『マモル』は、当時のマナカにとって大きな心の支えだった。

 「ねぇ、早く帰ろう。…私、お昼ご飯は外食じゃなくて家で食べたい」

   一刻も早く愛犬の顔を見たいマナカは、そう言って両親を急かした。

   中学3年生の夏、マナカは吹奏楽部の同級生女子全員から無視されるようになってしまった。

    元々「いい子ぶっている」と一部から陰口を叩かれていたが、部員の一人が提案したカラオケ大会に参加しなかったことで、全員から理不尽なひんしゅくを買ってしまったのだ。

「ウチの学校は子供だけのカラオケは禁止だよ!!」

   そう言ってマナカは全員を止めたが、彼女の正論はその場にいた全員を白けさせる言葉でしかなかった。しかも運の悪いことに、会場のカラオケボックスでナンパをしてきた男子グループと部員たちがトラブルになり、警察まで介入する羽目に…。

    結果、学校にバレてしまった吹奏楽部の3年生はマナカを除いた女子全員が顧問や学年主任からかなりキツく絞られてしまった。

   そんな部員たちの逆恨みの行き先はマナカだった。八つ当たりは百も承知。この年代の女子の多くが大切にしているものは『正しさ』ではなく『仲間の数』なのだから、怖いものは何もない。

   それから引退までの数ヶ月、心を石のように固めて必死で過ごしていたマナカ。もちろん退部も選択肢に入れていたのだが、自分が抜けたことで迷惑をかけてしまう下級生がいるのでは…と考えると、どうしても踏ん切りがつかない。

  彼女はどこまでも真面目だった。

   もしも中3のあの時にタイムスリップして、もう一度カラオケ大会に誘われたとしてもマナカは再び断るに違いない。

  この世界、羽目を外せない人間は、青春と言われる時期を謳歌する資格がないのだろうか?

  (…だったら私は3年間、他人とは深く関わらない)

   桜に包まれた校舎が遠ざかってゆく…。それを車の中から見つめるマナカの瞳は哀しく曇っていた。

「…ねぇ、ウチでバイトしない?」

   高1の夏、何となく立ち寄ったハンバーガーショップで不意に声を掛けられた。

「えっ?」

   マナカが驚いて振り向くと、そこには綺麗な女性が立っていた。さっきまでカウンターで接客をしていたスタッフだ。胸ポケットには『チーフマネージャー/小暮』というネームプレート。チーフ…確かに仕事が出来そうな人だなとマナカは思った。

「…私…ですか?」

「そう、アナタ」

『小暮さん』はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 「…えっと、声を掛けて頂いてありがとうございます。でも…ごめんなさい。私がファストフード店で働くなんて想像ができません」

     最近、何の予定もない放課後を暇に思うようになり、何かを始めようとは思っていた。資格取得の勉強や何かの習い事…。その候補の中にはアルバイトも入っていたのだがファストフード店だけは敬遠していた。『ここで働けるのは自分が苦手な陽キャのみ』という思い込みが大きな理由だ。

「えー!? ワタシはアナタがピッタリだと思ったからスカウトしているんだけどなー。姿勢がいいし、手に清潔感があるし、お金の受け渡しが綺麗だったし。それに…」

「…はい」

「ワタシね、一人で外食できる女の子が大好きなの!!」

「あ、あのぉ…それは私に友達がいないからで…」

  自虐気味に答えるマナカ。

「とにかく考えてみてよ。悪いようにはしないからさ。この店を真面目に頑張っている子でいっぱいにしたいんだ。あ、ワタシの名前は小暮サヨコ。…と、いうことでヨ・ロ・シ・クね!!」

   そう言ってサヨコが去って行く姿を茫然と見送っていたマナカだが、同時に自分の心が少しだけ柔らかくなっていたことにも気がついていた。

   3日後に店を訪れ「働きたいです」とサヨコに伝えたマナカ。

「嬉しい♥️来てくれてありがとう。よーし!頑張ろう。え~っとね、基本的なことはしっかり教えるけど、あとはマナカの思うようにやっていいよ」

「思うように…ですか? 」

   マナカは中学時代に受けたイジメの話と共に、自分が空気を壊す可能性があることを告げる。

「『ここは学校じゃない!!』って普通は学生バイトを叱る時に言うんだけど、マナカの場合は逆だね。…ここはマナカみたいなクソ真面目が報われて欲しい場所だから大丈夫。そうそう、ここでは既にクソ真面目なヤツが絶賛活躍中だよ。大学生男子だけどね」

「………」

  涙が出そうだった。

   その後のマナカの働きぶりは、スカウトしたサヨコでさえ驚くレベルに…。サヨコ曰く『今、周りが何を求めているか判断する能力』に長けているのが一番の強みらしい。

「マナカは自分のことを『頭が固くて視野が狭い』っていうけど、全然違うじゃん」

「…いぇ、基本的に変わっていないハズですが…不思議ですね」

「ヒトはそれぞれ自分を生かせる場所があるんだよ。…あ、マナカ!すぐにカウンター1番に入って。あのおばあちゃん、マナカに接客されるために来店しているようなもんだから」

「はい!!」マナカは素早い動きでカウンターに入りPOSにタッチする。

「いらっしゃいませ! いつもご来店ありがとうございます!!」

    学校では雑談できるクラスメイトが何人か出来たものの、中学時代のトラウマが原因で深入りすることは極力避けていた。

   それでも時々、プライベートな情報を求められることがある。

   やはり10代女子の話は『コイバナ』が中心になりがちだ。マナカは仕方なく空気を読み、彼女持ちである荒川ヒロキに片想いしていることを話した。

「今泉さん、その大学生、取っちゃったら?」

「そうそう『若さ』を不器にしてさ」

「今度、バイト行くとき、スカート短くしなよ。なんならブラウスのボタンも2つ外してさー」

「…………」

   キャーキャー盛り上がっている女子たちが、あの時の吹奏楽部のメンバーと重なる。

 「私、そんなことで心変りする人を好きになんかなっていない!!」

考えるより先に口が勝手に動いてしまった。

(しまった。また場の雰囲気を壊しちゃった)

   心の中で焦り、自分の頑固さに嘆いたものの、大好きなヒロキを茶化すなんて絶対に無理だった。 ひんしゅくを買うかもしれないが、誰にだって譲れないゾーンがあるのだ…。

  その時、女子の一人がマナカに言った。

「…あ、ごめんね。好きな人をバカにされたらイヤだよね?」

「うんうん、私、調子に乗りすぎた」

「もぉ!!今泉さんは真面目なんだから傷ついちゃうでしょ」

「…って、アンタだって言ってたじゃん」

「ごめんね。今泉さん」

「……………」

   想定外の事態に泣きそうになってしまう。高校に入ってからこれで2度目だ。マナカは心の中で深呼吸をして気持ちを整える。

「わ、私こそごめんなさい。つい強い口調で言っちゃって」

   目の前の『友達』の視線に温かさを感じる。そんな彼女たちが『マナカ』と名前で呼ぶようになったのは、ここからすぐ後のことだった。

    そして現在、バイト先ではクソマジメな大学生・荒川ヒロキが去り、代わりにクソマジメな高校生・星名リュウヘイが頑張っている。

 「星名ぁ!! それ違う!!」

 「はい、すみません!!」

   リュウヘイと熊田のやりとりが、もはや日常の風景となりつつある店内。

(頑張っていると言うべきか、しごかれていると言うべきか…)

   それでも素直なリュウヘイの仕事ぶりは見ていて気持ちがいい。

「お疲れ様。星名くん頑張ってるね」

  すれ違ったリュウヘイに声をかけると彼はニッコリと笑った。

   (星名くんって八重歯なんだ。何か可愛い。あ、同じ年の男子に対しては失礼か…あはは)

   実は最近、マナカはマモルを見てリュウヘイを思い出すようになってしまい、『一瞬だけ愛犬を直視できなくなる謎の現象』がちょくちょく起こっている。

何故なのか…理由は不明。

   『青春』は陽キャだけのもの…だと決めつけていたマナカだが、これに関しては過去の自分の視野が狭かったと思っている。自分は今この言葉を特に嫌ってはいない。いや、『別にどうでもいい』と言う方が正しいかもしれない。

  (私は私らしく生きていいんだって分かったのだから…)

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<8.5>↓に続きます


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