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1994年3月 モスクワ 2

●二日目(土)

 朝6時30分、爽快に目覚める。ゆうべのアホをようやくリセット。

 と、思ったら、カーテンを開ける時、隅のテーブル上にあった可憐な水差しを落として、割ってしまう。
「割っちまいました」
 とディジュルナヤに報告。
 鍵番は若いお姉さんに代わっていた。
 彼女は、にっこりと花のように笑ってから気の毒そうに
「代金は、4000ルーブルです」
 とのたまう。
 なぬ~!? よんせん!? 
 でも冷静に考えたら2ドルちょっと。
 それにしても、あんな危なっかしい場所に、あんなもろいガラス製品を置いておくなんて!! 小遣い稼ぎとしか思えん!!
 と、一人いきどおりつつ、朝食へとでかける。

 1階の大食堂(レストランなのかも)にて朝食。
 パンはテーブルごとにスライスしたものを積んである。黒パンと白パン。
 コーヒーのカップに紅茶。ママレードは、皮も平等に混ざっていて苦い。
 グラスにはすぐりジュース。
 皿は三つ。一つ目、でかいソーセージに黄色いトマトとゆでグリンピース。
 二つ目、ハム二切れ、チーズ二切れ、キュウリ二切れ。
 三つ目、ママレード入りのピロシキ、オレンジと思ったらネーブル。
 生ものはトマト輪切り、キュウリ輪切り、ネーブル1/4のみ。それでも、おいしくいただく。

 オプショナル・ツアーを頼んであったので、ホテルにガイドさんが来てくれる。
 背の高いマリアさん。いんぎんな日本語で発音も明瞭、急にぞんざいな表現も出る。
「それはデスネ、なぜかっテいいマスト」
 が口癖。着ているパーカーはえんじ系迷彩。


 迎えの車に乗り込む。
 車の中で、運転手さんとマリアさんに、クールミントガムをあげた。
 びっくりしたことに、二人とも、ガムの包みを開けると、車の窓を開け、包み紙をそのまま外に放り出した。
 おいしそうにガムをかんでる。かみ終わった後はどうするんだろう。
 きっとそのまま、路上に吐き出すんだろうなあ……

 以前、入りたくても長い行列で入れなかったレーニン廟へ。
 前に立ちんぼしてた衛兵も今はなく、行列もほとんどない。すんなりと前の人に続いて中に入って行く。

 正面右脇に博物館みたいな四角い穴の入口が。
 入ると中は真っ暗。変な匂いがするが、何の匂いなのか、全く見当がつかない。
 真っ暗な中、階段を降り、まるで迷路のような小路を抜けると、ぽっかりと暗い光があたっていて、その真ん中にかの、レーニン氏が横たわっていた。
 右側から足元を回り、左へと抜ける。
 みな、1列に並んでゆっくり歩きながら黙って、じーっと見ている。
 死者に対する視線ではないなあ、こりゃ。
 レーニン氏は、右手をグー、左手をパーにしてる。
 好奇の視線をものともせずに眠り続けている。

 廟裏の、歴代のエラい人たちの墓も見る。
 ウスチノフ、チェルネンコなど。そっけない墓が並ぶ。

 また車に乗り込み、ダニーロフ修道院へ。
 ソ連時代に壊されたものを復元したのだって。新しい建物。
 アルメニアの教会から寄進された石の水盤が雪に埋もれてる。
 ロシア正教と違い偶像を拝まないらしく、装飾は十字架の模様のみ。

 外壁の聖人像に祈るおっさんを見かける。

 教会ではミサの最中。ぎゅうぎゅう詰め。やっとこさ入ってみるが、詰め物のような上着やムチムチのおばはんたちにはさまれて、身動きひとつできない。
 おばあちゃんだけじゃなくて、若い女性やおじさんたちも見られる。
 すぐ後で入ってきたおばあちゃんは、ミサのコーラスで、ちゃんとハモっている。
 建物の新しさとは裏腹に、ずいぶんな年季を感じる。

 運転手さんがトイレに行ってる間に、マリアさんと一服。
 マリアさんはマルボロライトを吸ってる。
 やはり、恐れていた通り、外国煙草はソ連末期時代よりずっと手に入りやすくなってるって。
 極東のウラジオストックなどでは、日本の煙草も買えるって。
 日本のはおいしいデスネとほめていた。

 ついでにグルグルと市街を案内してもらう。モスクワ大学近くのレーニン丘は『雀が丘』という名前になっているらしい。テーブルにマトリョーシカを並べて売るおっさんがひしめいていた。

 上の写真はモスクワ川河畔からみたクレムリン、パノラマ写真を無理やり2枚つなげたので歪んでいる。

 ホテルに送ってもらってから、マリアさんお昼をいっしょにどうですか、と誘うと、ホイホイとついて来たので(モリトー氏のマネか??)いっしょにホテルの大食堂に行く。
 ついでに何かコンサートのチケットが欲しいよー、と頼むと、ホテルのサービスビューローで尋ねてくれた。取次ぎが悪く(いつものことだ)
埒があかないので、ホールに直接電話も入れてくれたが、結局つながらず。
 しかたなく、お昼を食べに行く。

 お昼はコース。前菜にサーモン、キャベツサラダ、きのこスープ、お肉にジャガいため。
 ガイドをなるべく利用せねば、と食事しながら今度は、ロシアのポップス、ロックで有名なグループを教えてもらう。

 部屋まで送ってくれたので、日本の雑誌と新聞をあげて、別れる。
 とても親切な人だったが、何か、心ここにあらず、といった雰囲気。
 生活の心配事を常にひきずっているような憂い顔。ま、日本語なら相談にのってやれたんだが。

 マリアさんを部屋の外で見送り、ふと、向こうに目をやると、かのモリトー氏が歩いてくるでは。
 こちらをみかけて、何故か、びくっとしてる。
 見ると、しょぼいジャージ姿。後ろに同じジャージ来た黒人の連れが二人。
 「カリフォルニアでベンツを乗り回しているビジネスマン」だと言っていたが、とうていそうは見えない。
 彼はこちらに目を合わせようとせず、素朴そうな連れに話しかけながらどこかに去っていった。

 満腹な昼下がり。一人でトレチャコフ美術館目指すことに。
 マリアさんに聞いたところでは、昔の場所も改装が済んだらしい。

 地下鉄を乗り継ぎ、目ざすあたりについたはいいが、それらしい建物はさっぱり見えない。
 女の人をつかまえて聞く。一方を指し示し、ロシア語でなんか言ってる。
 ようやく、
「きれいな建物で、すぐにわかるよ~」
 と言ってるのがわかる。
 ぬかるみの中歩き続け、ようやく前方に、赤っぽい、新しい建物を発見。
 モスクワの中でもあかぬけた感じの建造物。

 入り口で、まず、なめくじのような見かけのフェルトスリッパを靴の上から履く。

「学生?」「ちがいます」 「いーわよ、あんたは、学生。」で、3000ルーブルで入れてくれる。1ドル50セントくらい。

 チケットは旧ソ連時代のものをそのまま使っている。薄い紙でだいたいどこの美術館・博物館とも共通の体裁。料金は1ルーブル50カペイカから一挙に3000に書きかえられていて経済的な混乱ぶりがよく分かる。

 ウラジミールの聖母子像の前で、しばし、釘付け状態。
 他のイコンと比べても、表情に奥行きがある。
 ちなみに、ロシア正教のイコンで、よく聖母子像をみかけるが子どもは、ほんと、小さい。ひどいものではコケシくらい。
 で、子を抱いている母の反対側の肩に、心霊写真のように小さな手が見えることがある。あんなに小さい子じゃ、そっちの肩に手が届くわけねーだろ! 腕どんだけ長いんだ! と思わずつっこみを入れてしまいたくなる。
 宗教画に突っ込み入れるな~

 他に印象的だった絵。

スリーコフ(Сликов B,И,1848-1916)。寒げな小屋に悲しげな家族。みんなで聖書をみている。
ヤロシェンコ(Ярошенко)両手に金の腕輪をした黒衣の人。
レーピンのムソルグスキー像。酒焼けか? 鼻を赤くしているが、目が生き生きとしていて今にも何かやらかしそうな表情。
カンディンスキーの1909年の作品は、カラフルだがまだ具象。物の形が残っている。
マレーヴィッチが共産主義に「転向」した後の労働者の絵もあった。労働をたたえるポスターのように味気ない。

 外に出ると、とてものどが渇いていたので、駅の近くでアイスを買う。250ルーブル。
 見かけはバターの塊みたい。銀紙をはがしつつぱくぱく食べる。
 色んな人が、色んなものを売っている。

「がりゃーちぃ、ぷーしき、」という呼び声があっちこっちから聞こえる。
 玉子を売っている様子。あつあつのゆで玉子かな。
 ちなみに、買ってみたピロシキはチーズ味だった。すごくしょっぱい!!

 ピロシキ売りの女性。四角い給食の入れ物みたいな金属容器の中、ピロシキが冷めないよう布に包んで並べでいた。これはチーズ入り。

 興味しんしんのKGB本部前まで行ってみる。 地下鉄のルビヤンカ駅はごく、普通の駅。地上に出て、本部の建物をまじまじと見る。いかめしい建物で装飾は特にない。
 ジェルジンスキー像のあったところは、ただの雪山となっていた。

 マルクス像のあたりに、ネオンのケバケバしいにわか作り風の建物。
 何屋を営んでいるわけ??

 ジェーツキー・ミールの中も変わってしまっていた。
 地階は豪華なウィンドウ。片側には車のショーウィンドウがある。
 以前と物量、質とも全然豊富。しかし、レジのシステムは相変わらず。
 品物をレジで申込み、紙をもらって売り場に戻り、品物を受け取る。
 品物をもって、またレジに行ってお金を払う。
 レジはもちろん、長い行列。
 売り子のお姉さんたちは、あいそ悪そう。たま~に、にこにこしてる人もいるが、まれ。

 アイスバーン状態の路面を歩くのに苦労する。

 わざと滑るように歩いていく人もいる。お年寄りは杖をたよりに、よじよじと歩を進める。

 小店(キオスク)でベルギー産の缶ビールと、ピロシキ(ハルサメも入ってお惣菜風)を買ってホテルに帰る。
 靴下がすっかりぬれて体が冷え切っているので、風呂がありがたい。
 ためたお湯はかすかに黄味がかり、天然入浴剤かと思うとありがたみひとしお。

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