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いつも助けてもらってるって感覚が、人を助けられる人になる

よく、

『あなたが笑いかけるから相手が笑ってくれる。

怒ると怒り返されるし、

助けてあげてると助けてもらえる。

この世は鏡なんだよ。』

というようなことが言われたりします。

これは本当にそうだなって思うのですが、ひとつ気をつけなくちゃいけないことがあって。

それは、本“この世は贈与でできている”にありましたが、見返りを求めない行為は『受け取る』がまず先にあるんです。

つまり(目の前の相手ではない人から)笑いかけてもらったことがあるから

いま目の前の人に自分から笑いかけれるのだと思います。

人に助けてもらってるって感覚のある(もしくは助けてもらったことがある)人が、

困ってる人がいたら自然と助けてあげることができるのだと思うのです。

先に『受け取って』ないとどうなるかというと、それは見返りを求める行為になります。

笑いかけるだったら、相手から笑いかけてもらうことを求めて笑いかける。みたいな。
困った時に助けてもらいたいから今は自分が助けるよ。みたいな。

まぁこれでもいいのかもですが😓、

仮に笑い返してもらえなかったり、自分が助けたのに助けてもらえなかったりすると「何でだよ😕」って気持ちがでてきたりしてしまうのです。

ステキだなって思うのは、そうゆう見返りを求めずに、自分から笑顔だったり手助けだったりをできることかなと思うのです。

✳︎

だからね、与えるのが上手な人って受け取るのが上手なんですよね。

むすめがお菓子食べる時に「自分の分だけじゃなくて他の人のお皿も出して」って言うと、すごい不服そうにするのですが😅

これはいつもやってもらってるってことを受け取ってないんです笑💦
(でも本には、親から子どもへの贈与は子どもの時は気づかないのがいいと書かれていました。気づいてしまうと、まだ子どもの自分には返せないのでやってもらっている愛の大きさに耐えられないと。たまに見返りを求めて子どもにいろいろやってしまう親がいるけど、それは子どもからしてみると愛ではなく呪いになってしまうと書かれてました。)

ある程度大人になって器が育ってくると、まわりからいかに助けてもらっているか(周りの人のおかげで社会が成り立っている)というのに気づけるようになって、

それで自分も返していける。というループなのだと思います。


ちなみに、本によると見返りを求めない行為でも返ってくるものがあります。

それは『生命力』。

そう、実は気持ちよくやってあげることってすごく自分は生き生きとしてくるんですよね。
子どもを育ててるとすごく実感しますよね。


話は逸れましたが😅、笑いかけるのも助けてあげるのも、自分に返ってきて欲しいからという理由からやるより、今まで(見知らぬ人含め)もらってるからと自然にできるといいですよね〜


桜のドリームコースター

ではでは

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