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「パンチが速すぎて見えなかった」/大杉勝男

大杉勝男
史上最強のプロ野球選手と言われている男だ。

大杉勝男
日本プロ野球実働19年 1965年〜1983年
東映、日拓、日本ハム、ヤクルト

2235試合 打率.287 486本塁打 1507打点 

通常成績も目を見張るものがあり紛うことなき名選手だ。
だが大杉を語る上で外せないのが「腕っぷしの強さ」であり、ここは先を急ごうではないか。

月に向かって打て!


野球界には「月に向かって打て」という名言が残っているが、このバッティングコーチからの「かっこ良すぎるアドバイス」で打棒を開花させたのが大杉勝男だ。
何やら「太陽にほえろ!」を彷彿させるフレーズだが、時系列的には「月に向かって打て!」が5年ほど前である。
だから「月に向かって打て!」に想を得て刑事ドラマの金字塔たる「太陽にほえろ」が打ち立てられた可能性は否定できない。

月に向かって打て! 1967年
太陽にほえろ!   1972年



カール・ボレス無双


メジャーリーグではなく、まだ大リーグと言われていた頃の話だ。
カール・ボレスという荒くれ者の大リーガーがパリーグに殴り込みをかけてきた。
当初入団した近鉄ではその扱いを持て余して戦力外にしたほどの荒くれぶり。
だがその打棒をかって西鉄がボレスをとった。
西鉄でもボレスは止まらない。
乱闘の常習犯であり大いに観客と昭和のお茶の間を盛り上げた。



ボレスを止めろ/男たちの戦い

ボレスの狼藉ぶりはパリーグを震撼させる。
と当時にボレスを誰がとめるかにも注目が集まった。
白黒テレビの時代とはいえ、悪漢・ボレスに逆捩さかねじを喰らわせれば一瞬にしてお茶の間の英雄となれる。
暴力には暴力で。悪漢には悪漢で。カエサルのものはカエサルに。
さしづめ昭和の「横取り40万」である。
いや「横取り40万」自体が昭和の置き土産だったかもしれないがここも先を急ごう。

キラーコンテンツが「巨人・大鵬・卵焼き」の時代であるからテレビに映ることの意味は今よりも100倍以上あった。
こうした背景があって多くの日本人選手がボレスに挑んだが、あえなく返り討ちに遭い続けていたのだ。



あしたのジョーの時代

いみじくもボクシング漫画の金字塔「あしたのジョー」が連載されていたのが1968年から1973年であり、その中葉の1970年に本題の「事件」は起こる。
当時、あしたのジョー作中でみられるように暴力沙汰は日常茶飯であり、少年院や特等少年院はフルで回転していた。

「左ジャブ三発の後の右ストレートは、その威力を3倍にするものなり」
これは少年院の中で主人公・矢吹丈がアル中親父の丹下段平から受けるアドバイスである。
少年院だったりアル中であったりルンペンであったり、昭和臭満載のボクシングアニメである。
そういえば作中で「見えないパンチ」が登場していた。
具体的にはカーロス・リベラvs矢吹丈の一戦で、追い詰められたカルロスが投入する超高速パンチだ。
これは世界タイトル戦に向けてカーロスがあたためていた「秘蔵のパンチ」であり、その前哨戦たる矢吹戦で使ったことがタイトル戦でのド敗戦への伏線になっている。
「パンチが速すぎて見えねえっ」
と矢吹が驚愕する描写があったので、見えないパンチの元ネタがここにあるはずだ。

ちなみにカーロス・リベラはダウンタウンの松本人志によって深夜ラジオで散々ネタにされたキャラであり、覚えておいて損はしないような気もする。
さて先を急ごう。



パンチが速すぎて見えなかった


事実はマンガより奇なり。
この「速すぎて見えないパンチ」は同時期にグラウンドの上で具現化されていた。

1970年4月28日の東映ー西鉄戦(後楽園)で、ボレスと大杉勝男がふとしたことから衝突。

血気盛んなボレスは予定調和で大杉に右腕を振り上げなぐりかかる。
その刹那、
なんと何故かボレスのほうがグラウンドに膝から崩れ落ちたのだ。

物的証拠はないが状況証拠から大杉がボレスをシバいたのではと見られた。
そこで試合後、取材陣がアンパイアに殺到。


「一体何が起こったのか?」
「なぜ大杉を退場にしなかったのか?」


質問とフラッシュが矢継ぎ早に浴びせられる中で、アンパイアはおもむろに口を開いた。




「パンチが速すぎて見えなかったんだ」




パンチの存在は半ば認めたものの、ギリギリのところで大杉勝男を庇った姿勢は公明正大を旨とする審判として評価に値するだろう。

こうしてパリーグの荒くれ助っ人カール・ボレスを一蹴した大杉勝男は一夜にして英雄となった。

月に向かって打て! 1967年
あしたのジョー連載開始 67年
パンチが速すぎて見えなかった 1970年
ロッキード事件   1971年
太陽にほえろ!   1972年
オイルショック   1973年
あしたのジョー連載終了 73年


昭和45年、1970年、
田中角栄がロッキード事件で失脚する前年の話しである。

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