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性について考える 切実な問題とワガママ

例えばゲイの人、普段は普通の社会人として、ストレートの様な顔をして、

回りに合わせて生きている。

週に一回だか、月に一回だか、新宿2丁目に行って発散する。

生物学的に男性でも、女性として生きたいという願望が有る人、

普段は社会人として、男性として生きている。

それが週に1回だか月に1回だか、休みの日、プライベートな時間に女装して街へ出る。

みんなこうやって生きてきたし、今でも多くの人がそうやって生きている。

そうやって生きているからこそ、LGBT当事者たちが法案に反対し、

「差別なんかされていないから放っておいてほしい」と言うのだ。

もう一歩進んで、カミングアウトする場合。

ワタシは実はゲイです、私は実はトランス女性なのです、と他人に言う。

言うけれど、普段は普通の社会人として生きているからこそ、最初は驚かれるけれど、

そうなんですか、だからと言って特にあなたを嫌ったりはしませんよ、と言ってもらえる。

みんなこうやって生きているのだから、

男性器が付いたまま、見た目がどうしても男性のまま、

私は女性だと言い張り、女性用更衣室やトイレに入らせろと言う、

というのは、単なるワガママなのだと思う。

はっきりそう思う。


社会の一員として回りと融和して生きる気が無いのであれば、

それは性同一性にきちんと「障害」をつけて語るべきだと思う。

人間は時間が経てば年を取る。

年齢は絶対的なものだ。

実年齢と自認の年齢が違うのはきちんと「障害」として扱うべきこと。


どうしても遠慮してはっきり言わないケースが多いけれど、

社会人として振舞えないのであればそこははっきり指摘されるべきだと思う。

突き詰めると、これはその人の人間性の問題なのだ。

ゲイやトランスを誇りに思う必要も無いし、悲観する必要も無いし、

特別視してくれと思う必要も無い。

普段は周りと融和していればそれで何も問題は無い。

これはLGBTなどに限らず、人間全般の普通な問題だ。

個人個人、趣味嗜好、性格、考え方など、違うのが当たり前だ。

けれど、一旦それは置いておいて、表面上は周りと融和して生活するのが当たり前なのだ。

人間は社会で生きる生き物なのだ。

社会と融和出来なければ、まともに生きていられないのだ。

世の中は全部自分の思い通りになるわけではないのは、誰であっても同じだ。

みんな何かしらをガマンして生きている。

自分だけがガマンしていると勘違いし、あいつらは楽して生きていると勘違いし、

もっと平等にしろと言って自分の権利だけをゴリ押しする、、、。

これって何かに似ている。

そう、共産主義。

ブルジョアは悪人で殺す対象、労働者には公平に分配せよ、と言いつつ、

支配階級が利益を貪る。

人権を守れといいつつ、その旗振り役をしている活動家が

公金チューチューで利益を貪る。

「人権を守る」為の仕事を得る人達、弁護士、行政書士、政治家、

講師として派遣される人たち、そしてそれに乗って商売をする企業たち。


自分が貧乏なのは自分のせいだ。

高額所得者にも悩み事は有るし、大企業や高額所得者は貧乏人と比べれば、

物凄い額を納税している。

社会は企業と高額所得者の収めた税金で回っている。

収入の少ない人ほど社会からの還元を多く受けている事になる。


人間は誰でも色々な事をガマンして生きている。

社会の一員でいないと生きてゆけないからだ。

社会には不満も有るが、そこから恩恵も受けている。

当たり前の事なのだ。

誰かの人権を守る為に誰かの人権を傷つけるのであれば、

そうならない方法を加味した上で法律にするべきで、

当事者も一緒に他人の権利を守る事を考えなくてはいけない。

このようなことで騒ぎになるのは、ワガママすぎる人間性の問題なのだ。


さて、自分は若い頃、人間の性についてあれこれ考える機会が多かった。

売春婦たちの言い分もたくさん聞いたりした。

そういう中で、切実だなあと思った事が有った。

怪我や障害によって手足が不自由になってしまった人。

そういう人でも性欲は有る。

けれど、セックスも自慰も出来ないのだ。

そこで射精させてあげるボランティア活動をしている人たちが居ると聞いた事が有る。

性欲は有るのに射精が出来ないというのは辛い事だと思う。

けれど、それを助けるとやっていることは「売春婦」と同じ、ということになる。

けれども手足が動かないのであれば、切実な問題だ。

実は自分、だいぶ昔の事だけれど、障害で手がうまく動かせない若者と出会った事が有る。

率直に「それじゃあオナニーもできねぇじゃん」と言って、そういう話をした。

それで、いわゆる「ピンクローター」というぶるぶる震えるローターを彼にあげた。

これでオナニーできそう?と聞いたら、出来そう、と言っていた。

それは良かった、と思った。


もう一つ別の例として、小児性愛の人。

この人達は性欲を現実で満たす事が出来ない。すれば犯罪になる。

せめて画像や映像でガマンしようと思っても、そういうものを所持しただけでも犯罪になる。

これって、本人がそうなろうと思ってなった訳でもないのに、大変だなあ、と思う。

けれど、こういうことはなかなか「治療する」ということは難しい。

もし治療するのであれば、他の対象とのセックスをたくさんして、

それで興奮出来るポイントを探さなければ難しいのではないだろうか、と思う。

セックスワーカーなどの仕事をしている人、売春婦も売春夫も居る。

こういう人達も一定の役割を担っているし、担うべき課題も有るのだなあと思う。

こういう事を考えると、LGBなど、悩みでもなんでもないと思える。

Tであっても社会の一員という自覚が有れば色々と道が開けると思う。

テレビで人気者のマツコさんやIKKOさんは、

人柄が素晴らしいからこそ人気者なのだと思う。

色々と、突き詰めるとやっぱり人間性の問題なのではないだろうか。


性の事に触れずにスルーしてばかりいないで、

こういう事も考えて見るのも良いのではないかと思う。




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