かわいしゅういち

スギ材の心身への効用を研究しています. 京都大学名誉教授. 森林・木材のほか, 環境…

かわいしゅういち

スギ材の心身への効用を研究しています. 京都大学名誉教授. 森林・木材のほか, 環境と社会の関わり, 文化, 歴史地理, 芸術に興味があります. 著書に『直観と論理-未来をひらく思考法-』海青社(2020),『総合生存学-グローバルリーダーのために-』京大学術出版会(2015)

最近の記事

木育と木づかい運動

木育とは 先日、あるテレビ番組の収録で、「木育とは、何ですか」と問われたことがありました。 「木に触れ、木を学び、木と暮らすこと」と、大人にも子供にもわかるように一言で説明することはなかなか難しいことでした。 いつも主張していることでしたが、改めて問われてみると即座に答えることができませんでした。やはり自分のなかでまだ十分に消化、吸収しきれていないとの反省があります。 これに限らず、根源的な問いほど簡潔に答えるのが難しいのではないでしょうか。「人生とは何か」と問われて、

    • 森林・林業統計を読み解く

      伐採材積と素材生産量やや専門的な話になりますが、森林や林業に関する統計データを読んでいると、ときにおもしろいことに気付くことがあります。大分以前に「京都府林業統計 令和2年版」を見ながら、伐採面積や材積を調べていたときのことです。 令和元年の伐採材積(針葉樹)は20.7万m3、一方、「京都府の森林・林業の現状 令和2年版」によると、令和元年の素材生産量は15.1万m3とありました。素材生産量には広葉樹チップがわずかに混在しているものの、ほぼ全量がスギ/ヒノキの原木丸太と考

      • 追われし鬼に 宿貸さん

        二月の三日は節分、続いて四日は立春です。 暦はもうすぐ春です。 節分には鬼が出てきて、参詣者を脅かすものの、終いに豆撒きで追い払われます。 鬼やらいともいい、疫鬼・邪鬼を追い祓う行事です。 わが国には各地に鬼伝説が伝えられ、多くの説話に語り継がれています。元来、「鬼」は姿かたちが見えない悪霊やモノノケを意味していましたが、中国やインドの鬼(キ)と習合し、混同されて民間に広まり、死者の霊魂や悪霊、仏教説話にある餓鬼、地獄の青鬼や赤鬼など、さまざまな意味と表現を生んだようです

        • われわれはどのように森をつくってきたのか

          過剰伐採から過小伐採へ わが国は「木の国」と呼ばれている。狭い国土ながら面積の2/3が森に覆われ、伝統的な木造建築群に代表されるように木材を活用してきた長い歴史があるからです。アジアモンスーンの東端に位置して雨量に恵まれ、南北に細長く、暖温帯を中心に亜熱帯から温帯、亜寒帯にいたる地勢が豊かな森林と豊富な植生を育んできました。 しかし、われわれはこの豊かな森を大事にしてきたでしょうか。 いまでは人口の減少が喧伝されていますが、12千万人が海岸線沿いの狭小な平野部に集中

        木育と木づかい運動

          ときの刻み

          ときの刻みは不思議である。「いっとき」は物理的には同じでも、感じ方は人により、場所により随分異なる。夢中になっているときの刻みは滅法早く、眠れぬ夜のときは長い。誰しもが経験することである。 生き物のときの刻みには、ずいぶん差がある。同じ哺乳類であっても、ネズミの寿命はおよそ2年前後。一方、ゾウの寿命は約60年、陸上の哺乳類では(ヒトを除けば)最も長寿である。ネズミとゾウは、共に赤子から幼少期、青壮期、老齢期と順次、成長と衰退のプロセスを経るが、その寿命には30倍近い差がある

          京の伏見は酒どころ

          京都伏見は、大阪から京への物流拠点であり、とくに桃山期以降は淀川を通じた水運の要になった。幕末の頃は倒幕運動の拠点でもあったので、新撰組や志士の逸話に事欠かきません。坂本龍馬が定宿にしていた寺田屋もこの地の運河沿いにあり、柱に刀傷の残る旅籠をいまでも営んでいて、寝泊まりできる。けれども、近年では寝ている処を襖がいきなり開いて起こされることもあります。観光の客が早朝知らずに襖を開けるので、双方ともが驚かされるのです。 伏見は酒どころです。伏見の地名は「伏水」が由来といいますが

          京の伏見は酒どころ

          バカの壁 己の壁

          人はその生涯を通じてさまざまな壁を越え、門をくぐらねばなりません。 生まれ出た瞬間から、肺呼吸で酸素を血液に送り込み、消化管から栄養を吸収するという大きな関門にぶつかります。まぶたに映じた自分の手指を認識し、これを(自身の一部として)思うままに動かすことが大変であることは、脳障害を患った老人が手指や足の運動機能を取り戻すのに多くの時間と努力を要することでも想像がつきます。 思春期には内省することが多い。己の心と向き合い、自分の考えや言動について省察し、客観的な視点から自己の

          バカの壁 己の壁

          続 ある佛師との対話

          木彫佛の材質 佛像は、飛鳥期・白鳳期・天平期にわたる大陸からの仏教文化の受容期には、金銅像のほか、塑像や乾漆像などが多かった。一方、木彫佛ではクスノキが白檀の代替に使われたりもした。平安期になって、木像が主体となった。平安初期にはカヤやヒノキの一木造り、後期になると寄木造りの技法が完成し、造形のしやすく、わが国に広く生育しているヒノキ材を使うようになった。 佛師が佛像を彫る際に使う素材の吟味は、一般人のそれを遙かに超えている。佛像に使う木材には、上述のように、平安期以降は

          続 ある佛師との対話

          ある佛師との対話

          木彫佛の修復佛師の仕事は佛像を彫ることであるが、一方、佛像の修理修復もしばしば手がける。古代から伝えられた佛像彫刻の修理修復を通じて、技法と共に先達の思想や感性など学ぶところが多いのである。東京芸術大学の教員でもあった知り合いの佛師、Y先生とよく団欒していた頃の話である。 佛像の修理修復に一番大事なことは、当初の彩色や造形を残すことです。破損したり、腐朽や虫害でしかたなく部材を交換し、後補にヒノキ材を使って修復することもあるが、当初材をできるだけ残すことを心がける。大きな佛

          ある佛師との対話

          いま、起こっている未来

          二つの世界:リアルとバーチャル世のなかには、二つの世界があるらしい。ものの世界と認識の世界である。実と虚の世界とも言える。前者は、実在し、実体のあるいわゆるリアルなものの世界であり、後者は仮想、つまりバーチャルの世界です。わかりやすい例をあげると、あるときと場所の事件や出来事など現実の世界と小説や映画など虚構の世界のごときものです。関連して、「実と虚」は、実業と虚業、実像と虚像、実数と虚数などさまざまな分野で二項対立的な概念としても用いられています。 虚の世界は、かって実体

          いま、起こっている未来

          共に生きる(続うらおもて)

          善玉菌と悪玉菌いま、BS番組のヒューマニエンスがおもしろい。 近年の医学の知見をもとに、人体の仕組みをわかりやすく解き明かすだけでなく、広く生物学の知識につなげて、ヒトと他の生き物との共存関係を、ヒトの立場だけでなく、(相利)共生や敵対関係にある生き物の立場からも解説している。 たとえば、ヒトが腸内細菌叢(フローラ)と共生していることはよく知られている。ヒトにとっての腸内細菌の働きと機能については、健康医学から多くの知見が得られている。腸内細菌は、善玉菌(乳酸菌、ビフィディ

          共に生きる(続うらおもて)

          ウッドショック

          コロナ禍の木材事情昨年(令和3年)はコロナ禍に明け、そして暮れた。米国では在宅勤務の拡大を背景に住宅建設ブームとなり、加えてサプライチェーンの世界的な混迷によって木材製品が高騰した。輸入材に需要の6割余りを頼るわが国木材業界もこのあおりを受けて、木材供給が逼迫、1980年代以来の材価の急騰により、いわゆる「ウッドショック」と呼ばれる大きな混乱が起こった。 京都府の森林面積は 34.3万ha (森林率74%) 、うち人工林面積は 12.6万ha(38%)。全国平均(森林率66

          ウッドショック

          生き物のコミュニケーション

          コミュニケーション今夏生まれたばかりの孫と2ヶ月余り一つ屋根の下で暮らした。わが子のときとは違って余暇があり、孫と共に過ごす時間がたっぷりあって、楽しいひとときを過ごした。おかげで赤子の成長を目の当たりにすることができた。 ヒトの赤子は、受精卵から胎児の成長段階で進化過程の形質的な特徴を順次辿る。産まれてのちのコミュニケーション手段もまた他の動物と同じような発達過程を経て学んでいくようである。したがって、赤子が声を上げて泣くのは、重要な「はじめの一歩」であり、泣くことを通じ

          生き物のコミュニケーション

          断捨離と終活

          断捨離は思い切り現代のわれわれの暮らしは、ものが溢れている。そのうえ歳を経ると、長年の暮らしで使い馴れたさまざまなものが澱のように溜まり、想い出を伴うので、これらをなかなか手放せない。捨てるには、思い切りが要る。 人生の黄昏には、生そのものを捨て去らねばならぬので、その前に身内に迷惑をかけぬよう身辺整理をしておこうと、思い切って終活に入るが断捨離はなかなか難しいと気付く。断捨離と終活は当世の流行り言葉であるが、そもそも余計な荷を持たなければ、執着も軽くなり、気が楽である。

          再びの「木づかいのススメ」

          注目される林業近頃、林業と木材について耳にすることが多くなった。テレビなどメディアが頻繁に取り上げていることも一因である。これまでどちらかというと話題になること少ない分野であったが、地球環境、循環型資源や脱炭素社会など、社会と環境の「持続」がキーワードになるのに伴い、注目されるようになってきた。国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)運動にみられるように、グローバルな価値観転換への模索がその背景にあるのであろう。 木材利用の主流である建築分野では、近年木造の耐震・耐火技

          再びの「木づかいのススメ」

          極熱の世界と極寒の世界

          水は、動物や植物にとって必須の物質です。しかし、水は地球上に隈無く在るようでいて、実は偏在している。熱帯/温帯の島嶼や大陸沿岸地域は、水が豊富ですが、近年は頻繁に風水害に見舞われもします。気候変動に伴い、赤道付近の海洋の蒸発散によって、より多くの太陽エネルギーが水蒸気として中緯度地域まで運ばれるためです。一方、中緯度域の大陸内部は逆にますます乾燥が進み、砂漠化が懸念されている。 中緯度の砂漠化は、ユーラシア大陸の中央内陸部、西アジア/中東から北アフリカ大陸サハラ砂漠周縁、北

          極熱の世界と極寒の世界