あの時はごめんなさい
母を突き飛ばしたことがある。
母が言った言葉に無性に怒りが込み上げてきて、カッとなった私は、気がついたら母の両肩をドンッと押していた。
母が言った言葉は、「どうせ私みたいな…」という自分を卑下する言葉だった。
どういった流れから、そんな話になったか覚えてないけど、その言葉を聞いた私はカチンときた。
肩を押されて、後ろに倒れながら尻もちをつき、母は私の顔を悲しそうに見た。その顔を、私は一生忘れないだろう。
母は料理上手で、働き者で、裁縫上手で、やさしくて、おばあちゃんと仲良くて、小さくてかわいくて…とにかく、とってもステキな人だ。
それなのに、高卒の母は「高卒だしね」「どうせ私みたいな…」と口にすることが度々あった。
なんでそんな事言うの?そんなこと、全然思ってないよ?私にできないこと、たくさんできるじゃん。
母が愚痴を言うたびに、私はそう言ってた。
それでも、その愚痴を聞くたびに「また言ってるよ…」と思ったのも事実だ。
肩をドンッと押した日は、そんな悲しいことを言う母に怒りが込み上げてきた訳だが、その怒りは悲しみからきたものだ。
なんでそんな悲しいこと言うの?
私は大好きなのに。
私ができないことなんでもできるステキな人なのに。高卒とか関係ないじゃん!
とにかく悲しかった。
それでも、「肩を押した」という行為は許されるものではない。
母の悲しそうな顔をみて、私は我に返った。
違う違う、違うんよ。
私はワンワン泣いて、小さな母を抱きしめた。
ごめんなさいごめんなさい。
あれから年月は過ぎ、何事もなかったかのように、私と母は仲良しだ。
でも、あの悲しそうな顔を、時折キューっと思い出す。
ごめんなさいって、何回言えばいいのかな。心の中で何回言っても、悲しそうな顔は消えない。
なぜこんな話を今日書いたかというと、通勤しながら聞くラジオで「メッセージテーマは“あの時はごめんなさい”。過去をふりかえって謝りたいことを教えてください」と言っていたからだ。
その話を聴きながら、過去の記憶の引き出しが開き、脳裏のスクリーンに映し出された。
開いた引き出しは、開いたまま。映像は何度も再生される。だから一度書き出そうと、今日は書いてみた。
書いたからと言って、やった事は消えないが。
あの時は、本当にごめんなさい。
#66日ライラン
36日完
5580m
今日のいいこと3選
・八重桜を見に行ってこようとパッと動けた!
・八重桜が満開!
・お腹痛かったけど、すぐ良くなった!
・今日作った、たけのこのバター醤油焼きがシンプルで美味しかった!
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