見出し画像

4K修復とはなにか

 5月になりまして、いよいよ公開まであと一週間。緊急事態宣言でなんとも落ち着かないゴールデン・ウィークで、映画館の営業も館によって対応がまちまちですが、今回、川本喜八郎、岡本忠成特集上映をかけてくださる渋谷のシアター・イメージフォーラムは、席数を半分にしての営業継続ということで、なんとか5月8日の初日を予定通り迎えられそうです。なにがなんでも来てください、とはなかなか言いにくい状況ですが、お越しいただけますと嬉しいです。

 さて、今回の上映のために、川本5作品、岡本5作品の合計10作品を4K修復いたしました。「最近4K4Kってよく聞くけど、一体なんだ?」と思っておられる方もあると思います。劇場で販売するパンフレットのために書いた原稿を使って説明させていただきます。あ、今回の上映、フルカラーの、テキストも写真もタップリのパンフレットございます! 800円をご用意の上、劇場に! ついでながら、イメージフォーラムの窓口では公開前日までお得な特別鑑賞券(2回券)も販売しております。2作品を当日券で見ると3600円ですが、この券だと2600円で、実に1000円安! 一人で2プログラム観るもよし、お二人で一気に使うもよし。ただし、残念ながらこの券ではWEBでの座席予約が出来ないので、安さを取るか、フル料金でも確実に席を予約出来る利便性を取るか、ご自身のニーズに応じてお選びくださいませ。

画像1

 さて4K修復の話に戻りましょう。作業したのは東京・五反田にある(株)IMAGICA Lab.で、実はこの4月からその映画関係の部門が独立して、(株)IMAGICAエンタテインメントメディアサービスという別会社となりました。今回、まず、それぞれの作品のオリジナルの35mmネガ・フィルム(川本喜八郎監督の最初期作『花折り』のみ16mmネガ・フィルム)を検査、補修し(今から約30~50年も前の作品群ですが、幸いなことに致命的な損傷はなく、比較的良好な状態にありました)、4Kの解像度でデジタル・スキャニングされました。

 「4K」というのは、フィルムの一コマの左端から右端までを約4000ピクセル(天地方向は約2000ピクセル)のデジタル・データとして取り込むという、その数値を表しているもので、これだけの解像度があれば映画の35mmフィルムの持っている画質を損なうことなくすくい取れるというのが、現在の映画業界での共通認識となっています(異論もあるのですが)。また、「オリジナルのネガ・フィルム」とは、撮影していた時に実際にカメラの中に入っていたフィルムそのもの、という意味です。これらをカットごとに適切な長さに切って物理的に繋いでいくことで(=これが映画における「編集」です)1本の作品になりますので、まさに映画作品の大元の素材、ということになります。

 スキャニングされたデータは、同じ4Kの解像度でゴミや傷、物理的な劣化に伴うに由来する細かな揺れ、色のムラを取り除くなどの修復作業が行われました。その上で制作当時に意図された適正な色彩や明るさを再現するために、国立映画アーカイブ所蔵の上映プリントや、過去発売されたDVD等の映像を参考にグレーディング(色調整)を行い、それぞれの作品の権利元である有限会社川本プロダクション、故・岡本監督の株式会社エコーの方々、あるいは作品の制作に直接携わっておられたカメラマンの田村実さんや演出助手の篠原義浩さんの監修をいただきながら、今ある形に仕上げていきました。

 今回の修復により、人形アニメーションにおいては人形そのもの美しさや衣装の質感、またそれらの置かれた場所の空気感までもが伝わってくることと思います。また平面の作品でも細かい筆のタッチや絵の具の盛りがよりリアルに味わえますし、また『注文の多い料理店』のように一見、平面素材のように見えて、その実、複雑な描画と撮影技法によって完成された表現の奥深さを以前にもまして直接的に感じていただけることでしょう。

 なお、映画館にハードディスクの形で配送されるDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)のデータは4Kのまま入っていますが、劇場の映写システムが4Kの場合は4Kで、2Kの場合は2Kでの上映となります。イメージフォーラムでは2K上映となりますが、修復作業を4Kで行った恩恵はしっかりと味わっていただけることと思います。

 すさまじい描きこみの『注文の多い料理店』、その場のしんとした空気まで伝わってきそうな『おこんじょうるり』(共に岡本忠成作)の一コマをご覧ください。

画像2

画像3

 フィルムは時代と共に確実に劣化していきますし、フィルムのままで保存していても、もうそれをかけられる映画館もどんどん減っている。大手の映画会社も重要な作品からデジタル修復を始めていますが、それには大きなお金がかかります。個人作家や独立系のプロダクションが自分でやろうとしても収益化が難しいので(それは大手でも同じことではあるのですが)、なかなか手が出せる状況にはない。因みに、過去の日本映画で今4K修復版が出来ているのは大体100本ちょっとだと思います。去年〜今年と『寅さん』シリーズがドカッと4K化されたので一気に数が増えましたが、それでもそんなものです。その100本のうちのほとんどは東宝、松竹、大映(今はKADOKAWA)、日活といった大手映画会社の、山中貞夫、黒澤明、溝口健二、小津安二郎、川島雄三といった大監督の作品、あるいは市場のある程度見込めるアニメの名作映画です。最近、稲垣浩の『無法松の一生』(これは大映の映画で、坂東妻三郎主演の戦時中に作られた方のやつです)が4K修復され(Blu-rayも出ました)、そのことがNHKのニュースでも大きく取り上げられましたが、これにもマーティン・スコセッシが率いる映画保存・修復の財団ザ・フィルム・ファウンデーションの力添えがあったということを知って驚かれた方が多いようです。日本映画が、日本のお金だけでは修復できない。

 いわゆる独立系の映画となると、4K化されている作品はとたんに少なくなり、思いつくのは松本俊夫監督の『薔薇の葬列』、手塚治虫さんの肝煎り、山本暎一監督のアニメーション映画『哀しみのベラドンナ』、伊丹十三監督の『タンポポ』くらいですが、今挙げた3本を4K修復してBlu-rayを出しているのも残念ながら日本の会社ではありません。『薔薇の葬列』はLAのシネリシャスという会社、『哀しみのベラドンナ』はそのシネリシャスから派生したアルベロスという会社(その2つを手掛けたのは、僕の友人でもある、俊成さんという日本出身の、まだ30代になったばかりの若者です)、『タンポポ』はNYにある、名作映画の修復とリリースをやるブランドとしては世界で最も信頼を集めているクライテリオン・コレクションという会社がやっています。海外に先にやられてしまう。なにか情けないですよね。

 そんなわけで、今回、インディペンデントな作家として活躍されていた川本さん、岡本さんの作品群を4K修復出来たというのは、実はけっこう素晴らしい、レアケースなのでございます。ぜひ大きなスクリーンで、その仕上がりをご確認ください。そして、こうした決して大きくはない作品の4K修復がさらに進んでいくことを願います。

 次回は「音」の修復のことについて書きますね。