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磨かれた結界


 吉田は昼に入る喫茶店がある。習慣になっており、これは決まりごと。ずっとそこに通っているのだが、以前は別の店。
 そして昼といっても幅があり、以前はもっと早い目の昼頃だった。これはいろいろと出かける前の事情とか、起床時間も絡んでおり、そういうのを上手く満たしているのが、今の喫茶店。
 他にも選択はあるが、一番都合のいい場所や時間帯なので、そこに落ち着いた。もう、あえてそこを変更する気など起こらない。他にいい候補がないためだ。
 その日も喫茶店の前まで来ていた。そしてドアを開ける手前で、待てよ。と誰かがささやいた。他の人ではない吉田自身だ。
 試みというのがある。その試みの問いかけなのだ。それは、入らなくてもいいのではないか。ドアを開けなくてもいいのではないかという発想。これは普段、あまり沸かない発想だ。その必要がないため。
 入らなくていいのではないかという選択もある。その選択も吉田にはできる。簡単なことだ。ドアを開けなければいい。すると、どうなる。
 他の喫茶店へ行くことになるが、結構遠いし、長く入っていないので、行きたくない。では喫茶店そのものに入らず、別のことをすればいい。
 しかし昼食後の休憩が欲しい。缶コーヒーで済ませてもいいのだが、それでは落ち着かない。それに、入らなくてもいいという選択など必要だろうか。ただ、選択はできる。だから試しなのだ。
 試しにやってみてはどうかという問いかけのようなもの。そのあとのことは考えていない。吉田は当然その試みは却下した。
 しなくてもいい選択だし、入らなかったあとのことが何も決まっていないので、うろうろしないといけない。そのまま戻ればいいのだが、それなら、何のためにここまで来たのだ。
 だからトータルで考えると、入らない選択もあるが、やはり入った方がすんなりといく。
 以前、その店が臨時休業で、行き場を失い、うろうろしたことがある。これは習慣のようなものを変えようとしてのことではない。閉まっているので、入れないので。
 結局、かなり遠いところにある喫茶店へ向かったのだが、時間がそれで食われるし、久しぶりに顔を合わせる店の人との接触は気が重い。その店は以前よく行っていた頃との関係とは違うのだ。さらに、その日だけ行くようなもので、冷やかしのようなもの。そこまで気を回さなくてもいいのだが、回ってしまう。
 だから、試しの選択で、いつもの店に入らないことも選べるとしても、あまり意味はない。何かいいことが起こるとか、その方が得だとかもない。
 選択を変えられることだけが目的になり、後は野となれ山となれではないが、その行動に責任が持てない。
 その日、そんなことを考えたが、結局は喫茶店のドアを開けた。
 日常の結界、それなりに合理的にできており、スムーズに行くように張り巡らされたストーリーなのだ。ただ、その結界、ほころんだり破れたりするが。
 しかし、よく磨かれた結界と言えるだろう。
 
   了

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