賢者と愚者

 賢く、知恵もあり、教養も知識も豊かで、知性も高いのだが、世の中、それだけでは何ともならない。いくらいい頭があっても活かす場所がなかったりする。せいぜい今夜のおかずは何を作るかで、その知性を使う程度。
 また豊かな経験も活かすところがなければ、何ともならない。
 岸和田は世の中の人が全部馬鹿に見えるのだが、本人が一番哀れなのかもしれない。
 それを運だと諦めているが、この諦めるということにも一家言あり、運命としてみるか、自分が至らなかったとみるか、その見方だけでも考えるところがある。
 下手に知性があるばかりに悩むことも多く、単純明快な動きができなかったりする。いつも、何かひと含みあり、それが毒のような作用をもたらすためか、調子の良いときでも手放しで喜べない。
 そこで若い頃からの師匠に相談した。そんなものは自分で解決し、自分で何とかするのが知性人。自分の頭で考えることを第一としているのに、相談へ行くのは矛盾しているが、そこは師匠なので、これは行きやすい。
「愚かさに徹しろと教えたのに、守っておらぬようじゃな」
 その言葉が返ってくることは最初から分かっていた。実は、この師匠の教えが嫌いなのだ。
「愚かさに徹しておれば、愚かなことになっても、普通。いつも通りなので、問題はなかろう」
「馬鹿の壁の中で暮らせというのですか」
「愚かさにもランクがある。レベルがある」
「それは初耳でした」
「わしの話をこれまで聞いておらなんだのか、何度も言ったはずじゃぞ」
「あ、はい」
「馬鹿さ加減の上手い下手がある」
「馬鹿は馬鹿でしょ」
「馬鹿正直というのがある」
「それは嫌です」
「君はねえ、どうしてそんな考えなのに、わしの弟子になっておるんじゃ」
「さあ」
「そこは考えたことはないのかね」
「あります」
「じゃ、わしの説教を聞くのが嫌なら来なくてもいいじゃないか」
「いえ」
「何が、いえじゃ」
 実は岸和田にしては馬鹿を見に来ていたのだ。こんな愚かな師匠が世の中にいて、偉そうなことを言っているので、それを冷やかしに来ていたようなものだが、その期間が長いため、今では一番弟子。しかし、師匠の教えが悪いのか、岸和田は鳴かず飛ばず。これは教えを守っていないためだろう。この師匠を反面教師としてこれまでやってきたのだ。つまり反対のことを。
「馬鹿にランクやレベルがあるということはどういうことでしょう。低位の馬鹿と高位の馬鹿がいるのですか」
「世の人は全て馬鹿じゃ、それがましかどうかの問題でのう。賢くなればなるほど馬鹿になる」
「それは師匠が考えたことですか。それとも、何処かに教本でも」
「いや、適当に馬鹿なことを言っておるだけ」
「やはり」
「君は知性が邪魔しておる」
「知性を活かし切れていないわけですか」
「知性を働かせてしまう病のようなもの。だからレベルは低いのじゃよ」
「馬鹿より低いのですか」
「馬鹿正直にできんじゃろ」
「はい」
「賢者の一つ先に愚者がおる。これは隣り合わせ」
「はあ」
「賢者がふと不安がる謎のように見えぬ闇、知性では何とも捕らえられんものがあり、そこに足を踏み入れると落とし穴。愚者の穴がポッカリ空いておる」
「師匠にしては珍しく、難しい比喩ですねえ」
「適当じゃ」
「はい」
「君のように知性がどうの。頭のレベルが高いだの低いだの言っておることが即ち愚者の道」
「はい分かりました」
「分かっておらんくせに。まあ、それが人というもの。今日はここまで」
 岸和田は、この師匠と話しているだけでも気が楽になる。それでたまに教えを請いに行くのだろう。
 
   了

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川崎ゆきお

川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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