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「知的資本経営入門」 〜北欧で生まれ日本が育てた世界標準の新しい経営モデル〜 (序章)

「新しい経営モデル」を目指して

世界を豊かにしてきた資本主義

資本主義は偉大な発明だ。
およそ4000年続いた農業社会の時代、人口のほとんどを占めた農民の生活は、概して過酷なものだと言えた。食べることに精一杯の生活で、飢餓や感染症による死もすぐ隣り合わせにあった。
そしておよそ400年前、イタリアやオランダの都市国家で資本主義という新しい経済モデルが誕生し、およそ250年前にイギリスで始まった産業革命により、世界は「工業社会」のステージに入った。工業社会の幕開けと共に、蒸気機関が動き製鉄所が稼働し、鉄道と蒸気船が世界を結び始めた。電気が街を照らし高層ビルが建ち、自動車が街を埋め尽くし飛行機と電話がさらに世界を狭くした。私たち一般市民も、衣服や洗濯機といった工業製品を手に入れ、映画やテレビまたインターネットや海外旅行といった娯楽を楽しむ余裕ができた。また医療も発展し、以前よりずっと健康で長生きできるようになった。
「会社」という組織も、資本主義の主役として、世界を豊かにすることに貢献してきた。現代の豊かな市民生活は、会社が市民を顧客としてモノやサービスを提供したからこそだといえる。

資本主義の「グレート・リセット」

しかし現在、豊かになった世界で、大きな矛盾が広がっている。

たとえば世界中に普及した自動車のおかげで、人が自由に移動できるようになった反面、自動車は、毎年120万人の交通事故死者を生み、深刻な大気汚染を引き起こしている。地球温暖化は危機的状況にあり、アマゾンの森林喪失も進んでいる。
先進国の市民が楽しむコーヒーやチョコレート、また電子部品に使われる資源は、生産国の非人間的な労働の上に成り立つものも少なくない。
また、経済が拡大する一方で、世界人口の1%未満の超富裕層が世界の富の99%以上を持つまでに格差が広がってしまった。

これらは、資本主義の「悪い面」が現れた結果だともいえる。

資本主義の下、ひたすら量的拡大を目指すばかりでは、こうした地球規模の課題は次第に拡大していくばかりだ。
現在の経済システムが拡大し続けた先には、明るい未来、幸福な未来は存在しないかもしれない。2021年、シンガポールで開かれた世界経済フォーラム(通称、ダボス会議)のテーマが「グレート・リセット」となったのは、象徴的だ。ダボス会議を創設したクラウス・シュワブ氏は、その意義を次のように説明している。

「世界の社会経済モデルを考え直さないといけない。第二次世界大戦後から続くモデルは異なる立場の人を包みこめず、環境破壊を引き起こしている。持続性に乏しく、もはや時代遅れとなった。人々の幸福を中心とした経済に考え直すべきだ」

会社にも「グレート・リセット」が求められている

いまや工業社会に入ってから250年が経ち、モノは世界に溢れ、物質的な欲求は十分満たされている。
いまの若い世代、1980年以後に生まれたミレニアル世代、1995年以後に生まれたZ世代は、消費の量的な拡大より個人の幸せや社会への貢献を大切にする価値観を持っている。モノの過剰生産と消費が地球環境の破壊につながることを理解する彼らは、過剰な物欲を「恥ずかしいこと」とさえ考え始めている。彼らは、いくら安い製品でも、地球環境を破壊し、人権を無視した生産による商品は、選ばなくなっている。
これからの経済は、こうした新しい価値観を持った世代が動かしていく。社会も次第に、非倫理的な会社を認めなくなっている。

たとえば、国連が2015年に採択した持続的成長目標(SDGs)は、世界中の企業で導入が進んでいる。人権に無頓着だったり、地球環境を破壊する会社にも、厳しい目が向けられるようになった。消費者はそうした会社を次第に選ばなくなってきている。

会社もそろそろ「グレート・リセット」をしなければ、生き残っていけなくなる。

「新しい経営モデル」が必要だ

会社がグレート・リセットするためには、「新しい経営モデル」が必要だ。

現在、主流となっている経営モデルを「古典的経営モデル」と呼ぼう。この古典的経営モデルの目的は、「株主価値」の最大化だ。
株主価値が高い会社とは、市民に選ばれる製品を提供する会社であり、存在意義のある会社だと考えられてきた。そして、この古典的経営モデルは今まで有効に機能したのだ。

しかしその一方で、株主価値を追い求める古典的経営モデルのもとでは、会社は利益を嵩上げするためには、自然や社会に対して「悪」を為すことに躊躇しない(もちろん法律等の制限内で)。

利益を生み出さなければ、会社は存続できない。当たり前だ。しかし利益も株主価値も、本質的には会社の存在意義ではなく、会社が存続するための「手段」でしかないだろう。
私たちは、自社の利益を確保しつつ、顧客に対して価値を創造し、社会に対して「善」を為す、「新しい経営モデル」が必要ではないかと考えている。

こうした新しい経営モデルに転換することで、会社はこれからも社会に対して貢献する存在となってほしい。

「知的資本経営」

ここで私たちが注目したのが、知的資本経営だ。

知的資本とは、財務指標に載らない「お金に直接換算できない価値」のことだ。
知的資本にはたとえば、顧客からの信頼、経営者の志の高さ、社員の真面目さ、高い技術力、地域社会への貢献、地球環境の持続性維持といった、会社が持ち、また生み出すあらゆる価値を含む(ちなみに知的資本は、特許などを意味する「知的財産」は異なる)。

知的資本経営とは、こうした会社の知的資本、いわば「見えざる会社の価値」を最大限に活用し、新たな顧客を創造し、また社会に「善」をなしていくという経営モデルだ。

実は、この知的資本経営の概念は、すでに世界で広く使われている。

「統合報告書」という言葉を聞いたことがあるかもしれない。
統合報告書は現在、日本の上場企業の8割以上が発行している報告書だ。国内上場企業のみでなく、すでに世界のスタンダードとして広く使われつつある。

そして、この統合報告書の根底にある考え方が、まさに知的資本経営なのだ。

ある意味、すでに知的資本経営は、株式市場という資本主義の本丸で、次の世界標準(The Next Global Standard)として普及しつつある、とも言える。

この知的資本経営は、生まれたのは北欧だが、育てたのは実は日本だと言ってよい。知的資本経営とは、日本が育てた数少ない世界標準の経営モデルの一つだと言える。

新しい経営モデルをめざして

私たちの会社「ICMG」とは、Intellectual Capital Management Group の頭文字をとったものだ。直訳すると「知的資本経営グループ」である。

私たちは、20年以上に渡り、この「知的資本経営」を研究し、実践してきた。

幸いなことに、知的資本経営は、国内では志ある経営者の方々からの共感をいただき、また経済産業省からの支援を受け、世界でも北欧を中心とした学会との連携のもとで、知見を深めることもでき た。現在では、世界18カ国で、5つの現地法人、21の提携パートナーと連携し、さまざまな会社との実践を通じ、この新しい経営モデルが実際に活用できるまでに練り上げてきた。

こうした実践の結果、知的資本経営により、顧客に選ばれ社会に「善」をなす経営ができる。その結果として、自社の利益も確保し、株主価値も高めることができることが、あらためて見えてきた。

そもそも日本には、江戸時代の近江商人から「三方良し」、つまり買い手よし・売り手よし、世間よしという、利益だけでなく顧客や社会に貢献する商売の哲学が存在した。また明治時代に日本の資本主義の原型を創ったといえる渋沢栄一翁も、自身の利益の追求と世の利益の追求の調和を説いていた。
また、現在のSDGsの先鞭をつけたものは、東京大学経済学部長を務めた宇沢弘文氏の提唱した「社会的共通資本」だったといえる。

こうした先人の持っていた精神を思い起こしながら、世界に誇れる経営モデルを作ることが私たちの使命であり夢である。

知的資本経営を通じ、経営者と社員にはもとより、顧客にも地域の人にもより豊かで幸せな人生を届け、また地域社会や地球にも「善」をなす会社を増やしたい。
いや、会社だけでなく、地底基本経営を活用するNPOや教育機関、また自治体や公共団体を増やしたい。そのためにも、私たちは「知的資本経営」をより広め、充実させたいと思っている。

私たちのチャレンジはまだまだ途中とはいえ、本書では、私たちが協力いただいた皆様と一緒になって創り上げてきた「知的資本経営」を紹介したい。

私たちは、志ある仲間とともに、より多くの人に対して豊かな人生と共通善を創り出したいと考えている。この本を読む方が、私たちの志や考えに共感いただき、共にチャレンジいただけるならば、私たちにとってこれ以上の幸せはない。

2023年11月 河瀬誠

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