太陽のホットライン 第二回(第三章)
三 入団
「え?」
太陽(たいよう)は聞いた言葉が信じられなかった。
何か聞きまちがえたんだと思った。
でも、光(ひかる)はとまどう太陽に、もう一度告げた。
「おれはだめだったよ。不合格の知らせだった。太陽は受かったんだね。おめでとう」
「ええっ、そんな! おれが受かってるなら、光だって受かるはずだよ! だって、光の方がおれよりうまいじゃん!」
太陽は思わず大声を出した。なぐさめで言ってるんじゃない。本当にそう思ってる。太陽が知っている一番うまいサッカー選手は、光なんだ。
光はさびしそうに笑った。
「ありがと。でも、落ちたのはもう、変わらないから……。ごめん、今日は遊ぶ気になれないや。また明日ね……」
とびらが閉められた。太陽はその場に取り残される。
光が落ちた?
そのことがどうしても飲みこめずに、太陽は立ちつくすままだった。
次の日の朝。いつものように、光の家に向かう。
昨日の今日だ。どういう顔をして会えばいいんだろう。なぐさめるのはしつこいし、自分は受かったからって、と思われるかもしれない。でも、何にもふれないのも不自然だし……。
迷いながらも、インターホンを鳴らす。
出たのは光のお母さんだった。
「はーい。あれ、太陽君、いっしょに行ったんじゃなかったの?」
「え?」
「サッカーするって、いつもより早く出たの。太陽君とするんだと思ってたんだけど」
「……ううん、聞いてない」
「あら、めずらしいわね。じゃあだれと、しに行ったのかしら?」
太陽はびっくりした。何か委員の仕事があるとかでもないのに、光が太陽を置いて先に学校に行くなんて初めてだ。
「そうそう、太陽君は合格したんだよね。おめでとう! 光は落ちちゃったけど、あの子の分までがんばってね」
「う、うん、ありがとう」
おばさんが祝福の言葉をくれたけど、それは太陽の耳からするりとぬけていく。とにかく、光がなぜ先に行ってしまったのかが気になっていた。お礼の言葉もそこそこに、太陽は急いで学校に向かった。
校庭には、ボールをけっている人影があった。
光だ。
校庭のすみに、ゴールの形がかかれた大きな木のボードが立っている。そこをめがけて、一人、ボールをけっていた。
「ひか……」
いつものように声をかけようとした太陽だったが、その声はとちゅうでとだえた。
寄せた眉。
かたく結ばれた口元。
こわばった表情。
光は思いつめたような顔をしていて、ちょっと声をかけづらい雰囲気だったのだ。
そっとそのまま、教室に入る。
「あれ、太陽、早いね」
「校庭で光がサッカーしてたよ。いっしょにしないの?」
「う、うん、今日はちょっと……」
他の友達に声をかけられたが、答えに困る。
その時、教室に光が入ってきた。
どう話しかければいいのか、まだ心は決まっていない。
太陽はごくりとつばを飲みこんだ。
けれど光は、何もなかったかのようにふつうに歩いてきて、太陽のとなりの自分の席に着いた。
「おはよう、太陽」
「お、おはよう。早かったんだね」
「うん、ちょっと一人でボールけりたくてさ。そういえば太陽、漢字の宿題、やってきた? 昨日怒られてたじゃん?」
「あっ!」
「やっぱり。国語一時間目だよ。急いでやれー」
あいさつもふつう。おっちょこちょいの太陽の世話を焼くのも、いつも通り。その後も様子は変わらない。
でも太陽にはどことなく、光との間に薄皮一枚、何かがはさまっているような気がした。
ちょっとした声色。太陽を見る表情。
以前とは少しちがう。
そしてそれはその日だけでなく、次の日からも続いた。
朝早く、光は家を出て、学校で一人ボールをけっている。その時の様子がいつもとちがって、まるで何かに怒っているかのようなのだ。
だーん、だーん。
「あーっ! くそっ!」
校庭に置いてあるボードめがけてボールをけっているのだが、ねらっている所に行かないと、大きく声を上げる。人を寄せつけないぴりぴりとした空気をただよわせ、声をかけづらい。いっしょにやろうよと言い出せない。
そして、光からサッカーしようと言ってくることもなくなった。
そんなことは知り合ってから一日だってなかった。二人はひまさえあれば、どちらからともなく声をかけ、ボールをけっていたのだ。
何かおかしい状態のまま何日かすぎた。
太陽はレイスターズのアカデミーに受かったので、地元のチームからは移籍することになる。
学校もいっしょに行かない、練習もいっしょにしない。
ずっと仲のよかった光と、急に疎遠になってしまった。
どんっ。
ぽん、ぽん、ぽん。
ボールがはね返ってくる。
それを足元に止めて、またけり返す。
どんっ。
ぽん、ぽん、ぽん。
サッカーをいっしょにする相手がいなくなって、太陽は一人、かべに向かってボールをけっていた。
マンションわきの、しきりのかべ。ちょうど駐車場に面していて、かべ当てにはもってこいの場所。引っ越してきた時にここを見つけて、練習によく使っている。
光と初めて出会ったのもここだった。光もここを見つけて、練習に使えるとやってきたのだ。
それ以来、どちらかがここを使っていると、その音を聞きつけもう一人がやってきて、そのまま二人でサッカーするパターンだったが、今日はそれはない。
太陽は一つため息をつき、またボールをかべに向かってけった。
どんっ。
「わっ!」
そこに部活から帰ってきた芽衣(めい)が通りがかった。ボールが自分のわきのかべに当たっておどろいた様子。けったのが太陽だと、すぐに気がついた。
「あれ、太陽。今日は練習ないの?」
「うん」
「でも、一人でサッカーやってるの、めずらしいね。光君はどうしたの?」
「うん……」
「何だ、どうした、急に元気なくなって! あれ? もしかして、けんかでもしてんの?」
「そうじゃないけど……」
煮え切らない太陽の返事に、芽衣はむっとした顔をした。ずかずかと近寄ってくると、がしっと太陽の頭をわきにかかえる。プロレス技のヘッドロックだ。
「もう、うじうじして気持ち悪い! 何があったのかはっきりしろ!」
「痛い、痛い、ねーちゃん! 話すから! 話すってば!」
ぎゅうぎゅうしめつける芽衣の腕をパンパンとたたいて、太陽は降参の意思表示をする。芽衣はそこで腕をゆるめた。おー、いてて、と頭をさする太陽に、ついとあごをしゃくって、話をうながす。
太陽はしぶしぶと口を割った。セレクションの合否が分かれて以来、どうも関係がおかしいこと。あれからいっしょにサッカーしていないこと。
芽衣は口をはさまず太陽の話をじっと聞き、終わってから一言、ポツリとつぶやいた。
「光君はえらいねえ」
「え? 何が?」
意外な言葉に、太陽はきょとんとして聞き返す。芽衣はそれには答えず、ちょっと首をかしげて、逆に太陽にたずねた。
「光君ってさ、チームで一番うまいんでしょ? 太陽もみんなもそう思ってて、多分本人もそうなんだよね?」
「うん、おれはそう思ってたし、いつも光に言ってたよ。光は別にそれでいばったり、自慢したりはしなかったけど……」
「なのに太陽が受かって、光君が落ちてるんでしょ。光君、何かテストでヘマしたの?」
「ううん、そんなことないよ。ちゃんとできてたと思う。おれの方がやばかったよ」
「それじゃ、納得できてないだろうね」
「……うん、そうかも」
「でも、それで太陽に八つ当たりとかはしてないんでしょ? 意地悪したりとか」
「うん。勉強とかはふつうに見てくれるよ。休み時間もふつうに話すし」
そこまで聞いて、芽衣はうんうんとうなずいた。
「えらいねー。ねーちゃんの先輩なんて、八つ当たりしまくりなんだよ」
「え? だれに?」
芽衣は自分を指差した。口をへの字にして、本当にむっとした顔になる。
「リレーの選手に先輩差し置いて選ばれちゃってさ。まあ、私の方が速いからなんだけど。そしたらいやがらせ、するする。最後は私のスパイク、カッターで切りきざんだんだよ」
「えっ、ねーちゃんの大切にしてたスパイク? お父さんに買ってもらったやつ?」
太陽もいっしょにサッカーのスパイクを買ってもらったので、よく覚えている。芽衣はとても喜んで、大切に手入れしていた。
「そう。もう絶対許せないよ」
「えー……。それでねーちゃん、どうしたの?」
「どうしたもないよ。それまでさんざんがまんしてたからさ。わめいてぶんなぐってかみついてやった。リレーの選手もこっちからやめてやるって。先生が出てきて大さわぎになったけど、カッターで切られたスパイクを見せたら、ただごとじゃないのわかるじゃん。まあ、今部活は上級生と下級生の間の雰囲気悪くて、最悪になったけどね」
芽衣は知ったことかと強気なドヤ顔だ。
「それ、お父さん、お母さんは知ってるの?」
「ううん、スパイクこわれて捨てたとしか言ってない。心配させたくないじゃん? 太陽も言わないでよ?」
「うん」
ねーちゃんは強いな、と太陽は思った。自分はちょっと光との関係がぎくしゃくしただけで、すごく気になっているのに。
そんな芽衣が、ふっと表情をやわらげた。
「ねーちゃんはそんな体験してるからさ、だから光君は強いなと思うわけ。世の中にはそういう、現実を認められない人もいるわけよ。そんな人の方が多いかもしれない。でも光君は、太陽だけ受かって絶対くやしいはずだし、納得していないはずなのに、なるべくふつうに、太陽と接しようとしてくれるわけじゃん。小学生なのに、えらいよ」
「そっか……。そうだよね……。でも、それじゃ、これはしかたないってことなの? もう、前みたいには、いっしょにサッカーできないってことなのかな……」
「うーん、どうだろうねえ。だいじょうぶって言ってあげたいけど、それはわからないなあ。光君が納得できるかどうかなんだろうけど。そっと待つしかないんじゃない?」
その言葉に太陽の表情がくもる。それを見て、芽衣はむにっと太陽のほっぺたを両手ではさんだ。
「それより太陽がそんな顔してちゃだめだよ。太陽は受かったんだから。そっちをがんばらないと。元気出せー!」
むにむにと、ほっぺたをこねくり回す。芽衣は太陽によく意地悪するけれど、この時ほっぺたにそえられた手は、とても優しく温かかった。その温かさに、太陽はちょっとだけ元気が出た。
「うん、そうだね、ありがとう」
そう、光の様子は気になるけれど、他にも気にしなければいけないことがあった。
レイスターズでの練習が始まるのだ。
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