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マジカル・ミステリー・津和野 〜#人生を変えた一冊① 安野光雅『ふしぎなえ』

 note公式がお題企画として「人生を変えた一冊」という、俺にとってなかなか挑戦的な公募をしているので、乗っかってみることにした。

 なにせこちとら〝一冊〟どころではない。
 分野を問わず60年弱生きてきた中でその後の俺の生き様に多大な影響を及ぼした「本」は枚挙に遑《いとま》がなく、振り返ればその都度都度の思い出が鮮明に甦るものが大多数なのだ。

 というわけで幼少期から時系列で順に紹介していきたいと思うのだが、今回はその第1弾。

「福音館書店」という名は、誰しもが見聞きしたことがあると思う。
 仮に覚えがないという諸氏であっても、「ぐりとぐら」シリーズや『いやいやえん』あるいは「ピーターラビット」シリーズなどはご存知であろう。
 また、昨今は米語のミッフィーと呼ばれることが多いが「うさこちゃん」シリーズ——本当の名前は「ナインチェ」という——や、かの宮﨑駿監督のアニメ『魔女の宅急便』の原作。これらの版元が、この福音館。

 俺が思うに、宇宙一良心的な子ども向けの本の出版社だ。

 で、同社は1958年からの「こどものとも」をはじめ、「かがくのとも」など〝月間絵本〟として月々定期的に購読者の元に届く絵本シリーズとしても知られており——主に、保育園や幼稚園経由で配本される——そのシリーズ中の一作として保育園時代の俺が手にし、衝撃を受けたのがこの絵本。

 後年、児童文学において世界で最も権威ある「国際アンデルセン賞」も受賞し国際的にもその名を知られている安野光雅先生の事実上のデビュー作であり、月間絵本での好評を受けてであろうハードカバーとしても出版し直され現在でも容易に入手できる超名作。

 文字がいっさい無く、見事な、いわゆるバタ臭い——日本人作家とは思えない洒落た——筆致で描かれているだけの「だまし絵」世界に、就学前の俺は、心を鷲掴みにされた。
 この時の月間絵本版は今でも大事に持っている。

 そしてそれから10数年後——またいずれnoteやYouTube動画でしっかり語りたいところだが——「パロディ」に傾倒しまた美術大学のデザイン科を目指していた高校生の俺は、自分の中で安野光雅を再発見することになった。

 その頃の安野先生はすでに十分な名声を得、子ども向けの絵本のみならず様々な活動をされていて、例えば講談社の「ブルーバックス」というかなり高等な理数系の新書の表紙なども描かれていた。もともと、理数系にも強かったらしいのだよね。そうした系の絵本も数々ある。
 同新書の『マックスウェルの悪魔—確率から物理学へ—』の表紙絵はことに鮮烈で、「トポロジー」を一枚絵にしたものとしては、俺は同じような理数系の絵画作品を数々描いた、かのサルバドール・ダリに勝るとも劣らないと思っている。

 そしてその頃、安野先生が力を入れていたのが、これまた著名な「旅の絵本」シリーズと、故郷をただただ美しい淡彩で描いた「津和野」シリーズ。

 パロディとだまし絵とデザインに熱中していた高校時代の俺は「旅の絵本」や「津和野」にはあまり興味が無かったのだが、安野先生の淡彩画の美しさには傾倒しており、一時期はデザイン科ではなく日本画科に転向しようかなあと真剣に考えていたことは、蛇足ながら綴っておきたい。

 とまれ上記幼少期の出会いから青年時代の俺の一部を〝安野光雅〟は確実に支配していたと言え、まさしく「人生を変えた一冊」に『ふしぎなえ』を挙げる理由が少しは理解していただけるのではないかと思う。

 そしてまたいみじくもnote公式がこうしたテーマをぶちあけていたことを知るちょっと前のこないだ日曜、ETVの『日曜美術館』で録画しておいた「安野光雅追悼再放送」——2013年収録だったかな——を観たというタイミングの妙。

 それこそ「ふしぎな、え!?」だ。

 そしてこれは本当に蛇足なんだが——8年前ぐらいだったかな——俺の昼の仕事で安野先生ご本人からのお問い合わせのお電話を俺が直接受けたことがあって、
「あ、あの……あの、安野光雅先生ですか!?」
「そうです」
「こっ……子どもの頃からずっと大好きです!!」
「ありがとう」
 という会話をしたことがあり、あの体験もまた、人生の宝だ。

 安野先生が昨年のクリスマスイブに亡くなっていたことを最近になって知ったのは俺としたことがだが、それでもずっとずっと憧れていたかたと言葉を交わせたことがある体験は、嬉しいことだ。

 安野光雅先生、ありがとうございました。
 数々の素晴らしい作品に、心から御礼申し上げます。
 安らかに、お休みください。

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