Journal of Hepatologyに掲載された『Letter to the Editor』(直訳で「編集者への手紙」。発表された論文に対する反論などの意見を手紙(Letter)の形式でまとめたもの)について解説します。↓
以下は、2回目のmRNAワクチン接種後に肝炎を発症し、その肝臓でmRNAワクチンが検出された患者さんに関する情報です。
この患者さんの肝生検で得られたサンプルをスライスし、『in situ ハイブリダイゼーション』という手法で、スパイクタンパク質の遺伝子を検出した結果、mRNAワクチンの存在を示す黄色の蛍光シグナルが検出されました(図A)。
この実験では、重度のCOVID-19で亡くなられた方の死亡直後の肝組織をポジティブコントロール。COVID-19とは無関係の自己免疫疾患の患者さんの肝組織をネガティブコントロールとして使用しています。ネガティブコントロールの方が見やすいかと思いますが、細かく見える青色の点が1つの細胞(核)を示しています。もちろんネガティブコントロールでは、黄色の蛍光シグナルは全く見えません。
この患者さんはPCR検査で『陰性』でしたので、検出されたスパイクタンパク質の遺伝子は、mRNAワクチンに由来するものと考えられます。
私の得意分野である『技術的な部分』について、もう少し詳しく解説します。
この実験で使われたin situハイブリダイゼーションは、『RNAscope』と呼ばれる特殊なin situハイブリダイゼーション法です。
RNAscopeは、市販のキットです。↓
まず、ターゲットとなるRNA1分子に「Zプローブ」と呼ばれるプローブが2つ並んで結合します。次に、その2つ並んだ「ZZペア」に軸となる「PreAmplifier」が結合します。そして、軸となった「PreAmplifier」に「Amplifier」が結合します。最後に、各Amplifierに20個の「ラベルプローブ(蛍光色素)」が結合します。
例えるなら、RNAscopeは、秋田の『竿燈(かんとう)』のように、ターゲットとなるRNA1分子を明るく照らし出します。(1つの竿燈の下には1人の人間がいます。)
このRNAscopeは(私の記事に興味を持たれた方はご存知かと思いますが)、リンパ節にmRNAワクチンが長期に存在することを示したCellの論文でも使われました。(蛍光色素ではなく、赤色に染まるバージョンのものを使っています。)
ここからは、私の個人的な感想です。
まず、このLetterの結果を見た時に思ったのは、「ちょっとビカビカ光りすぎじゃない?!」ということです。
ポジティブコントロールの方が見やすいかと思いますが、ほとんどの肝細胞の細胞質が黄色のシグナルで塗りつぶされ、肝臓の本来の機能として、肝細胞で多量に生成されるアルブミン(Albumin, Alb)と同じように見えます。
本当に、mRNAワクチン(スパイクタンパク質の遺伝子)を特異的に検出しているのでしょうか?
私は、この結果に疑問を感じました。
そして、これだけ多量のmRNAワクチンが細胞質に存在するのであれば、おそらくスパイクタンパク質も検出可能なレベルで発現していると思います。
そもそも、このLetterは、mRNAワクチン接種後に「肝細胞でスパイクタンパク質が発現し、これをスパイクタンパク質に特異的なCD8陽性T細胞(細胞傷害性T細胞)が攻撃することにより、自己免疫性肝炎様の症状が引き起こされているのではないか?」という可能性について、詳細な分子メカニズムを明らかにすることができなかった先行研究の結果を裏付ける証拠として提出されたものです。
したがって、mRNAワクチンの『mRNA』ではなく、『スパイクタンパク質』を検出しなければならないことは言うまでもないと思います。Letterの著者らもスパイクタンパク質を検出することができず、とりあえず検出できたmRNAワクチンの結果だけを発表したのであれば、そのことについてもLetterに書くべきだと思います。
ちなみに、私には、Cellに掲載された論文のRNAscopeの結果については『それっぽく』見えていますが、以下の専門家の意見もあります。
RNA1分子を超高感度に検出するRNAscopeで最も怖いのは、非特異的なシグナルです。竿燈の例で言えば、ただ地面に置かれているだけで、下に人がいないかもしれません。
結果の真偽を見極めるのは、実際に実験をやっている専門家の目です。「論文の結果にこう書いているからこうだ!」というのは、必ずしも正しいとは限りません。
前回、母乳からmRNAワクチンが検出された件について記事を書きました。
9月に公開された論文では、断片化した短いRNAを効率的に精製・濃縮する『特殊な方法』を使って、母乳に含まれるmRNAワクチンを検出していました。
今後も、「〇〇からmRNAワクチンが検出された!」という報告が相次ぐかもしれません。次は、『卵巣』や『精巣』でしょうか?
繰り返しになりますが、論文の結果(と、それに基づく結論)は、使用した実験手法によって大きく変わります。
mRNAワクチンの検出に、RNA1分子を超高感度に検出する特殊なin situハイブリダイゼーションや、短いRNAを効率的に精製・濃縮する特殊なRNA精製キットなど、何か『特殊な方法』が使われるかもしれません。
そういった点にも注意しながら、論文を読む必要があります。
そして、その検出されたmRNAワクチンが、人体に不可逆的な損傷を与える可能性があるかどうかについてもよく考える必要があるでしょう。少なくとも、200塩基未満に断片化されたmRNAワクチンからスパイクタンパク質は作られません。
心配する必要のないことを心配するのは、健康に良くありませんね。
一応、反ワクチン・ワクチン慎重派の人たちに対して言っておきますが、今回の結果を「医クラは、mRNAワクチンが接種部位に留まるから安全だと言っていた!」という批判・医療不信を煽る行為の材料にすることは、本質的な議論から離れると思いますが、まぁそれで少しでも気が晴れるのであれば好きにしたら良いかと思います。
以上。
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※ この記事は個人の見解であり、所属機関を代表するものではありません。
※ この記事に特定の個人や団体を貶める意図はありません。
※ 文責は、全て翡翠個人にあります。
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追記)以前書いた「mRNAワクチンがヒトゲノムに組み込まれる!」の記事と同様、今回も『ワクチン懐疑派』あるいは『慎重派』として認知され、反ワクチンの支持者もいる免疫学者、新田剛准教授のツイートを紹介しました。
このツイートから読み取れるもう一つ重要なポイントは、「賢い専門家は、その結果に疑問を持つ論文について沈黙する」ということです。
今回の件も、Letterの結果に飛び付いて騒いでいる人は…、まぁあまり賢い部類の人間ではないでしょうね。