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小説まとめ

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【小説『元カレごはん埋葬委員会』】第1話:元カレが好きだったバターチキンカレー「あなたに好かれる女のふり」

 女をふる場所に、よりにもよってラブホを選ばなくたっていいでしょうが、ばかー!  渋谷のラブホテルのベッドの中で、私は嗚咽をこらえるのに必死だった。  本音を言えば、もっとちゃんと大声で泣きたかった。おーいおいおいという文字が口から飛び出てくるくらいわかりやすく泣きたかったけれど、唇を噛み締めて我慢した。これは最後の意地なのだ。  なぜなら、人ひとりぶん開けたすぐ隣に、ついさっき私をふったばかりの憎たらしい男——高梨恭平が、寝ていたからだ。  背を向けているから顔は見えないけ

透明バスターミナル

 ああそうか、私は深夜バスの乗り方についてすらろくに知らないのかと、彼女は絶望した。一瞬、もう帰ろうかという考えが頭をよぎったが、あの空間を思い浮かべると、喉がからからに乾いて気分が悪くなった。いや、いい加減考えるのはよそう。何回この堂々巡りを繰り返すつもりだ?  徐々に鼓動が速くなってきて、目の前がチカチカと明転した。スマホで画像編集をするときのことがふっと頭に浮かんだ。彩度とかコントラストとか、いくつかある編集機能のうちの一つ。画面を右にスクロールすると出てくる、たぶんあ

絶望と呼ぶにはまだ早い

 ここでは仮に、彼の名前を四角太郎としよう。なに、顔が四角いからではない、考え方が四角いのだ。鉄板みたいにかちかちで硬い頭を、彼はいつも重そうに抱えながら生きていた。ゆらゆらと、バランスを必死で保ちながら歩いていた。  四角太郎は、死にたかった。なぜ自分はこんなにもつまらない世界を生き続けなければならないのだろうと、そればかり考えていた。  物心ついたころから、四角は死にたかったそうだ。最初に絶望を自覚したのは四歳のころだ、幼稚園でぎゃあぎゃあとわめきちらす男児たちの涎ま

女を振るにもルールってものがあるだろ、バカ

*この記事は、WEB天狼院書店で連載していたブログ「川代ノート」の再掲です。 *この記事はフィクションです。 「好き」の残骸が、まだあちらこちらに散らばっていた。とても寒い冬の夜だった。マンションの廊下から漏れる光で、薄ぼんやりと部屋の中が照らされているのが嫌で、ドアを閉める。蛍光灯の光の線が細くなって、そして消えていった。そのまま背中を玄関扉に預ける。はあ、とため息をついてしばらくもたれかかったまま、真っ暗な部屋の中でじっとしていた。 なんでだめになっちゃったんだろう、

トムヤムクンヌードルに負けた女

「ちょっと待ってよ。じゃあ私、トムヤムクンヌードルに負けたってこと?」 マサルの彼女は、怒っていた。ものすごく怒っていた。そして泣いていた。怒りのあまり泣く人間を見たのは、生まれて初めてのことだった。小型犬が威嚇しているときみたいなシワが顔の中心によっていた。けれど、その顔を見てもどうすることもできなかった。トムヤムクンヌードルと箸を持ったまま、マサルは固まっていた。頭の中ではトムヤムクンヌードルと彼女がシーソーの上に乗ってゆらゆらしていた。なんて答えればいいんだろうか、俺