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【 夕方のおともだち 】 感想vol.083 @大阪ステーションシティシネマ⑤ 22/2/9

21/日/ビスタ/監督:廣木隆一/脚本:黒沢久子/撮影:鍋島淳裕

同名の山本直樹原作の漫画を映画化した作品。私は山本直樹のファンである。20代前半から半ばの一時期、狂った様に買い漁り、読み耽ったものだ。
彼の作品の多くは、所謂「エロ漫画」である。成人漫画の範疇を超え、有害指定を受けたものもしばしば。ただ、私は彼の漫画を読んで、性的興奮に陥った事は殆どない。こう書くと、彼の漫画がエロくないみたいになるが、ちゃんと、しっかりとエロい。エロ過ぎる。でも、それ以上に、切ないのだ。コマとコマの間に流れる空気が、冷たく鋭いのだ。読んでいる最中も、ハッとしてしまって、読み進められないのだ。
今更ながら、私は漫画好きとは程遠い。流行りのものは、ほぼほぼ読んだ事がないし、余程琴線に触れない限り、読む気も起きない。そんな私であるが、漫画の肝は間尺だと思っている。その基準を、山本直樹作品は十二分に満たしているのだ。だから好きだし、エロ漫画であろうが読んでしまうのだ。感情というものが、1コマの中に凝縮されて、そこから目が離せない。漸く次のコマに目を移せば、また違う感情がそこに在るのだ。こういう漫画に出会った事がなかったので、心を鷲掴みにされてしまったのだ。
おそらく、この感覚は多くの人々に共通しているのであろう。これまでにも、山本直樹作品は数多く映画化されているし、監督も錚々たる面々だ。今作は、廣木隆一監督。これは観ずにはおけないと、観賞に至る。

ストーリーについて。
いるか市の水道局に勤めるヨシダは、寝たきりの母との二人暮らし。何の刺激もない毎日を送っているが、彼には唯一の生きがいがあった。それは、女王様からお仕置きを受けること。街に一件しかないSMクラブに毎日の様に通い詰めるヨシダ。ヨシダは、SMオリンピックがあれば、金メダル獲得間違いなしのドMであったのだ。そこでミホ女王様から様々なプレイを施してもらうのだが、どうにも興が乗らず、最近はだらだらと世間話をして終わることがしばしば。ヨシダには、その原因が分かっていた。初めてお仕置きを受け、立派なMへと調教してくれたのにも関わらず、忽然と姿を消した、伝説のユキ子女王様の事が忘れられないのだ。いつしか、ヨシダとミホは友達の様な間柄になり、釣りへと出かける。そこで、ヨシダは思いも寄らずに、ユキ子を発見し、彼女を追いかける。果たして、彼らを待ち受ける結末とはいかに。

いやぁ、良い映画だよ。90年代の邦画を彷彿とさせる、さして華はないが落ち着いてじっくりと味わえる作品。確かに、この作品はSMというものを題材にしているが、そのキャッチ―さよりも、登場人物の感情の在り方に重心を置いているので、表面的な所がない。こういう作風は商業的には当たらないかも知れないが、記憶にはちゃく実に残る。夕方のぼんやりとした空気が、私の胸の中にも広がって、何だか笑いたい様な、泣きたい様な気持ちになる。山本直樹漫画の呼吸が、そのまま映像に昇華されていたと思う。流石、廣木監督は天晴であるし、撮影の鍋島さんも、恰好つけ過ぎない、着実な構図で、しっかりと演技を見せてくれたのが良かった。

「友達」の定義については、人それぞれあると思う。私は、仲良くなって気楽に話せれば、年の差も性の違いも構わずに「友達」だと思ってしまうので、割と軽く考えている方だ。ただ、人によっては重く捉えていて、簡単には友達と呼ばないし、呼ばせない人がいる。そういう人は大概、「親友」という言葉を持ち出して、こちらと距離を取ろうとしたりする。なんか、そういう人の「親友」って言葉が気持ち悪い。しかもそういう人に限って、じゃあ、友達でも何でもないと思っているなら、普通にして殊更構わないでいると、冷たいとか、そっけないとか、怒ってるとか言って拗ねてくる。えー、どうしたら良いのかしら。今作のヨシダとミホの様に、何となく信頼できる関係が一番いいな、と改めて思う。

とにもかくにも、本作の中心となる、村上淳と菜葉菜の二人が素晴らしかった。何事にもさして熱くもなれず、かといって、決断良く前に進める訳でもなく、サバサバとした割り切りを前提に、現代の閉塞感の中で生きる男女を見事に演じてくれていたと思う。この感じもちょっと90年代的であり、最近の役者では醸し出せないものがある。

そして、個人的に一番驚いたのは、ユキ子女王様を演じていたのが、WyolicaのAzumiであったという事だ。99年当時、私は中学3年生であり、ほくろ美女と言えば、世間的には椎名林檎であったが、私にとってはAzumiであったのだ。Wyolicaのヴォーカルとして、真っ白の髪と真っ白の肌で、囁く様に歌う彼女の姿に一目惚れしてしまったのだ。高校受験の朝も、アルバムの曲を聴きながら試験会場へと向かったものである。ただ、あまりWyolicaの良さを分かってくれる人間が周りにいなかったのが残念ではあった。それから時は経ち、私が大学生になると、学園祭りにWyoilcaがやって来るということになり、小躍りして喜んだ。ただ、ステージを観た時は、悲喜交々であった。私としては嬉しかったのだが、観客の殆どはあまりWyolicaのことを知らないのがひしひしと感じられたからだ。
そんなこんなで私が受け持っていたカレーうどんの出店に戻ると、女の子にひどく怒られた。「閉店間際の忙しい時にいなくなるなんて、信じられない」と。いや、朝から夕方まで灼熱の鍋の前に立って、その合間で出店の柱の補修とか色々やって、休まずにせっせと働いてましたやん。Wyolicaが昔から好きだったから聴きに行くって言いましたやん。てか、君も結構中抜けしてましたやん。とは思うものの、口には出さず、「ごめんなさい」と誤ったのだ。男はどんなに承服しかねても、女の子に言い返してはいけないのだ。

映画の感想よりも、余談ばかりになってしまった。これ以上書いてもきりがないので、この辺で終わりにする。はっきりと言えるのは、紛れもない名作である。観れて良かった。

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