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ゆらめく炎に包まれて。二人は森の中で夜を過ごす。女は男に言いたい事があり、男は女に聞きたい事があった。しかし女はそれを言い出せず、男はそれを聞き出せずにいた。

バチバチと、薪が音を立てる。虫の音と、風で揺れる木々の揺らめきと、月明かり。二人は静寂に包まれていた。けれど、その静寂は重い。出来る事ならその重さから早く抜け出したいと二人は思っていた。

夜はまだ長い。言いたい事があるならいくらでも言える。聞きたい事があるならいくらでも聞ける。それでもその一歩、相手の心に踏み入るまでもない、相手の心の戸口に立つ、その一歩を踏み出す勇気が二人にはなかった。

このまま朝を迎えれば。何事もなかったかのようにまたいつもの関係性が続いていくのだろう。何かを変えるなら、変えたいなら運命の悪戯が生んだこの夜、今この時に口を開かなければならない。

「ぁ―――…」

「………うん?」

「………いえ…」

「……そっか」




二人の間にはただ炎が揺らめいていた。それを絶やさぬように薪をくべる。その炎が消えた時、二人の勇気の篝火が潰えてしまう。そんな風に思えたから。

二人は火の番をする。
言葉は交わせずとも心は少し、通じ合えたのかもしれない。











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