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♠"今際の国のアリス"からの学び♣

年末年始休暇の一部を、今話題(?)の”今際の国のアリス“のNetflix鑑賞および原作マンガ読破に投じたので、せっかくだから印象に残ったことをnoteにまとめて整理しておこうと思う (誰得?ԅ(¯﹃¯ԅ)) 。
ネタバレを含むのでこのnoteを読んでいる気まぐれな方は注意して欲しい。

( 今際 / いまわ:「今は限り」の意。死に際。最後。)

以下ではまず、Netflixの公式ページを紹介しておく。

0."今際の国のアリス"とは?

簡単に説明すると、“今際の国”に迷い込んだアリス(有栖 良平 / アリス りょうへい)が、”今際の国”から脱出するために、命をかけた『げぇむ』に参加していく話である。

登場する『げぇむ』はトランプのカードを模す形で種類分け/レベル分けされており、“今際の国”に迷い込んだプレイヤーが、全ての『げぇむ』をクリアした時に「”今際の国”に永住するか?“今際の国”を出国するか?」 の選択肢が与えられるという大筋となっている。

( "今際の国"を舞台にする『げぇむ』はトランプのカードを模して種類分け/レベル分け⚖ )

人気のマンガだけあって、youtubeやブログを始めとして色んな解説記事あるので、興味がある人は是非そちらを覗いて貰えたらと思う。参考までに本noteの最後にもいくつか紹介しておく。

1.印象に残った3つの『げぇむ』

“今際の国のアリス”で登場した『げぇむ』の中で、印象に残ったものを3つ紹介しながら、そこから感じたこと/学んだことを備忘録的に記載する。

①「らんなうぇい」~くらぶのよん(♣4)~

まずは『げぇむ』の概要を紹介する。これは原作マンガとNetflixの両方に登場するが、以下では原作マンガの方を代表して紹介しておく。
(なお、Netflixでは「ディスタンス」という名称に変わっており、試練の内容も原作と少し異なる)

~「らんなうぇい」 概要 / 原作マンガ~
これはトンネルを舞台にした『げぇむ』であり、4つの試練に耐えて「ごおる」を目指す内容となっている。プレイヤーはトンネルの入り口に集合した状態で『げぇむ』の説明を受け、「ごおる」を目指すことを求められる。

直感的には《トンネルの反対側が「ごおる」》である様に思い込んでしまうが、実は『げぇむ』開始早々にケガをする"運営者サイドの偽プレイヤー"を介助する形で、スタート地点にあるバスに乗り込んでおけば、苦労しなくてもすべての試練にクリアできる『げぇむ』となっていた。

( 『げぇむ』内容イメージ:「らんなうぇい」~くらぶのよん(♣4)~ )

この『げぇむ』では一つの側面として、「きっと難しい試練だろう」という思い込みから来るバイアス(思い込み)がプレイヤーの行動に大きな影響を与えている点が非常に印象に残った。

この『げぇむ』に参加したプレイヤーの多くは、早々にケガをした運営者サイドの偽プレイヤーを見捨て、「ごおる」であるバスの横を通過して、『げぇむ』の思惑通りにトンネルの奥、つまり ”「ごおる」から遠ざかる方向” に向かって走り出してしまう。

ーーー
程度は違えど、日々の仕事や生活の場面でも、バイアス(思い込み)故に目先にあるヒントを蔑ろにして  "うっかり遠回りに流れてしまう" ことは多くあるのではないかと思う。

~日頃の仕事におけるバイアス一例~
➡ “上司が難しいテーマだ" と言うで、手間を掛けないといけないだろう
➡ “気難しい客先からの要望”だから、細部まで押さえた方が良いだろう

「バイアス(思い込み)の元で手厚く手間をかけて取り組んだ結果、蓋を開けてみたら自分にとっては何てことない仕事で、遠回りをしてしまっていた。」

そんな経験は、残念ながら筆者自身は枚挙にいとまがない。もちろん、作中の様に命が掛かっている訳ではないが、「日々命を消費している」という観点で考えると、少し遠い意味では命は掛かっているのかもしれない。
 
作中でも、プレイヤーが楽勝な『げぇむ』であると気付くヒントは複数個所に散りばめられていたが、命がかかっている『げぇむ』で時間制限に焦るプレイヤー達はヒントを見落としてしまう。

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日々の仕事や生活における各種対応においても、何かしらの時間制限はあるかと思う。ただ、時間制限があるからこそ、取り返しがつかないロスを防ぐために、「 "実は楽勝な道筋もあるのでは?"ということを、手元にあるヒントを交えながら一度考えるステップを置くこと」を改めて心掛けたいと思う次第であった。

②「生きるか死ぬか」~くらぶのさん(♣3)~

まずは『げぇむ』の概要を紹介する。これはNetflixオリジナルの『げぇむ』となっている。ちなみに、原作マンガの "くらぶのさん(♣3)" は「おみくじ」という『げぇむ』で神社を舞台としたものである。

~「生きるか死ぬか」 概要 / Netflixオリジナル~
これはビルを舞台にした『げぇむ』であり、ビルから無事に脱出できたらクリアとなる『げぇむ』である。スタート地点の一室には2つの扉があり、どちらかが正解となっている。不正解の扉を開いたプレイヤーは即「げぇむおおばぁ」となる。順々に扉を開けていき、ビルからの脱出を目指す。

作中では主人公一向が、一部プレイヤーを犠牲にしながら得た"1つ目と2つ目の正解の扉" と "ビルが正方形であること" などから、脱出までの残る部屋における【正解の扉】の規則性を見出し、ビルから脱出を果たした。

( 『げぇむ』内容イメージ:「生きるか死ぬか」~くらぶのさん(♣3)~ )

この『げぇむ』でまず印象的であったポイントは、"1つ目と2つ目の扉の正解は頭で考えても分からない" ということである。スタート地点では答えが絶対に分からないため、犠牲を顧みずに一歩前に進む必要がある。

"犠牲を出すこと/犠牲になること"は誰もが避けたいので躊躇するが、それぞれの部屋には滞在時間の制限があり、その部屋から出なかった場合も「げぇむおおばぁ」となる。

「最初に与えられた状況を冷静に整理するだけでなく、1歩2歩まずは進んでみることによって正解が導き出される。」という状況は、日頃の仕事等においても多くある様に思う。

ただそれを分かってはいながらも、「その1歩2歩が無駄になってしまうことが気にかかり」過ぎて、現状状況のままで "ひたすらにそこで得られる情報の収集" に終始してしまい結果的に時間をロスしてしまったり、「分からないから、一旦ペンディングする (動かない)」ということも一方で起こりがちである。

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「分からないことがある中においても仮説を立て、多少の犠牲(ロス/ムダ)を賭しても1歩前に進むことが時には必要である」ということを感じさせられる『げぇむ』であった。

現実世界では、踏み出したその1歩2歩に命が掛かるということはない訳だし。


この『げぇむ』ではもう1点印象に残った点がある。それは "【正解の扉】の規則性"を見出すために《一見関係なさそうな情報》を集約している" 点である。
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・ビルの前に止まっていた車の車種
・横列駐車でビル前に止められる車の台数
・通路に貼ってあるビルの避難経路図
・1つ目の不正解の扉越しに見える間取り
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作中のプレイヤーは『げぇむ』開始前や『げぇむ』開始直後に触れる《一見関係なさそうなそれらの情報》を集約することによって、"【正解の扉】の規則性"を見出していた。

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それでも、”1つ目と2つ目の扉は運に任せる”必要があるのだが、「その時点で一見意味のないもの、単体でみると関係性がない様に見えるものでも、『何かの役に立つかも』と拾っておくことの大切さ」を感じさせられた。

③「どくぼう」~はぁとのじゃっく(♥J)~

まずは『げぇむ』の概要を紹介する。これは原作マンガとNetflixの両方に登場するが、以下では原作マンガの方を代表して紹介しておく。
(なお、Netflix側では登場人物の違いから、『げぇむ』進行の流れが原作と異なる部分がある)

~「どくぼう」 概要 / 原作マンガ~
20名のプレイヤーの中に混ざった♥J (はぁとのじゃっく) を見つけ出すことでクリアとなる。(人狼ゲームに少し似ているかもしれない)
ただし、プレイヤーには首輪が付けられており、その裏側にランダムに表示されるトランプのマーク(♠♦♣♥)を1時間おきに当てないといけない。そのためには、自分のマークを他のプレイヤーに確認して貰う必要がある。

作中では、「ある理念」の元で強い信頼関係で結ばれたプレイヤー2名が最後まで残り、♥Jをあぶり出すことによってクリアを果たした。

( 『げぇむ』内容イメージ:「どくぼう」~はぁとのじゃっく(♥J)~ )

このげぇむのクリアを果たした残ったプレイヤーは「これは、♥J (はあとのじゃっく) を見つけるゲームではなく、信頼できるパートナーを見つけるゲームである」と『げぇむ』のポイントを定義し直してた点が非常に印象的であった。

『げぇむ』の解釈が変われば、『げぇむ』中での立ち回りは大きく変わる。日頃の仕事でも、「その仕事が意図するものは何か?」ということに対する解釈の違いによって、それぞれの立ち回り方が変わるのを感じるが、それを体現した様な『げぇむ』であった様に感じる。

例えば、日頃の仕事においても、
➡「いかに仕事を早く終わらせるか?」という定義をするか?
➡「いかにみんなに協力して動いて貰うか?」という定義をするか?
で立ち回り方は変わる。

もちろん、「何が望ましい定義であるか?」は対応を行うそれぞれの内容によって変わると思うが、「目の前の対応事項の本質を見極めて、適切な【解釈/定義】を与えることの大切さ」を改めて感じさせられる内容であった。


その上で、生き残ったプレイヤーのヤバ(矢場 旺希 / ヤバ おうき)による、この『げぇむ』の本質を掴んた上での以下セリフが印象的であった。

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「人を信頼するに足る根拠とは、「誘導」や「操作」などでなければ、「支配」でもない。「洗脳」でも、「催眠」でも、「欺瞞」でも、「信心」でも、「金銭」でも、「恐怖」でも、「服従」でも、「正義」でも、「誓約」でも、「和平」でもなく・・・「対等」だ。
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”今際の国のアリス” 【第49話】はあとのじゃっく⑤

日頃、仕事において1つのチームのマネジメントに従事する中で、マネジメント関連書籍を拝読していると「メンバーの心を掴むためのテクニック」の様な書籍が多くあるのを感じるのが、本作中で触れられている「あくまで「対等」な関係こそが、強い信頼関係の礎となる」という提言については、これまでの自身の経験/感情を振り返っても非常に得心する次第であった。

2.本作に触れる中での素朴な疑問

"今際の国のアリス”では、登場するプレイヤーの持つ人生観/死生観が多く登場する。ただ、このプレイヤーはもちろんマンガ作中のものであり、実際に存在している訳ではない。(ある程度のモデルはいるかもしれないが)

それぞれの人生観/死生観が、このマンガの作者から紡がれているとするのであれば、「その多様な人生観/死生観はどのように獲得したのか?」ということに疑問を抱かずにはいられなかった。

自分はメーカー社員であることもあり、商品の対象ユーザー像などを考える機会もあるのだが、その中で "ユーザー像に脈を打たせること" の難しさを日々痛感している。だからこそ、作中のプレイヤーが発する脈を打つ人生観/死生観には本当に尊敬を感じる次第だった。

このnote以降も、"その辺りの疑問”をゆるく追っていきたいと思う。
(このnoteは一旦ここで終わり)

(参考) "今際の国のアリス"関連記事

本作品の概要をもう少し分かりやすく丁寧に解説する記事、本作品を読み解く上で役立った記事をいくつか紹介しておく。


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