高跳びデート〜ハーメルンの笛吹男の巻(ロマンチスト・エゴイスト編)〜

私は非常に稀かつ一途な恋心を持つ人間である。なんてったって10年に一度くらいしか自発的に人を好きにならないのだ。情熱的かつ粘着質なのである。
10年って長い。小学生の頃2分の1成人式なるものが学校で行われていたが、同じ月日が経つと本物の成人式が開催されるのだ(分数の足し算ができてもやっぱりびっくりする)。
その頃、つまりちょうど10歳くらいの時に私に初恋の人ができた。Kくんである。彼は広島から転校してきた目元が魅力的な美少年で、クラスの女子の半分は彼のことが明らかに気になっているというほどであった。実に魔性である。そして例に漏れず私もその魔性に魅入られていた。Kくんはさながらハーメルンの笛吹男のごとく女子一同を魅了していったのであった。

ハーメルンの笛吹男というとかなり奇怪な印象を受けるかと思うが、Kくんは実際かなり変な人だった。頭が良かったのである。頭がいい人間は時として我々凡夫には及びもつかない言動を取る。ナントカと天才は紙一重とはよく言ったものである。
彼と日常を共にしたのは小中の6年間くらいであったが、彼の日常行動は他人のそれと大きく違って見えた。私が部活関係で用事があり(ちなみに当時美術部であった)、小走りしていたところ転んでしまったのだが、それを目撃した彼は一言。「芸術的な転び方だね。」この一言に彼の道徳心の薄さが表れている気がする。とはいえ思春期なのでかける言葉がわからなかったのかもしれないし、もしかしたら褒め言葉だったかもしれない。実際出会った頃にも「俺は前の学校で友達をチョップして気絶させたことがある」と感情のない顔で言っていた(気絶させるコツも教えてくれた)。うーん、変である。変というか普通に物理的に危険である。

その上彼は精神的にもアブナイ男であった。転校したばかりの頃にKくんが校庭の木陰で本を読んでいた(今考えると萩尾望都的)。休日のことで、外に遊びに出ていた私は偶然会えたのが嬉しくて「何読んでるの?」と話したかけると、Kくんは黙って表紙を見せてくれた。「人間失格」という文字が印字されていた。当時は「賢い!素敵!」と思っていたが、今の自分がKくんを見たら家に居場所がないのかと心配になるだろう。その危うさが同世代の女子を惹きつけていたのかもしれない。ノリが良かったので、もちろん男子にも人気であった。

上記のエピソードを見てもらえれば分かると思うが、私はKくんとそこそこ仲が良かった(と思う)。小学生の頃の私は活発であったし、良くも悪くも無邪気で純粋だった(色々と後悔していることもある)。なので気軽に話しかけていたし、相手もそれは同じであったので気楽に交流していたのである。Kくんに遊戯王カードでボコボコに負かされたこともいい思い出である。手加減してくれないのがKくんである。

何度だって言うが、無邪気さや純粋さは時に残酷であり、気楽な交流が仇となり起こった事件があった。失恋である。
それはある晴れた水曜日、昼休みの時間に小学校で起こった。やはり彼と私は気楽な友達であったので一緒にボールが入っているカゴを運んでいた。するとKくん突然に「俺さ、〇〇と☆☆のことが好きなんだよね〜」と一言。文脈など全くなかったので私は目が飛び出るほど驚いた。もちろん、〇〇さんと☆☆さんは私ではない。2人とも私の友達で、〇〇さんは比類なき美少女で、しかも性格が死ぬほど良く、☆☆さんは小柄でクール、賢くもちろん気配りもできる女の子であった。私が持っていないものを持つ人たちであった。
私は本当にびっくりすると決まってある一言を言うのだが、この時に初めて言ったのではなかろうかと思う。返事に一言。「あっ!そうなんだ〜!」
こうした顛末で私の初恋という処女膜は破られ、また失恋という破瓜の痛みを知ることと相成ったのである。

ここまでではKくんがマジでヤバい人のように感ぜられる人もいると思うので、Kくんの名誉のためにも美点について書く。
彼は人の長所を見てくれる人であったと思う。読書家の彼は貸した本は必ず「面白かったよ」と言って綺麗な状態で返してくれた。それに、クラスが隣になっても私を呼んで模写した絵を見せてくれた。出来はどうか聞きたかったらしい。実際上手であったし、私は彼のことが好きだったので嘘をつかず、「すごく上手!だけど少しバランスがずれているかもしれないね」と答えた(健気なもんである)。するとKくんは「やっぱり絵のことは佳ヨ子に聞くのが1番いいな」と言ってくれた。私がまだ絵をシコシコ描き続けているのもKくんの影響が少なからずある。

そんな感じで小学生の頃は結構頻繁に遊んでいたのだが、中学生になり思春期になったこと、クラスが離れたこと、勉強や部活で忙しかったことから頻繁に話す機会も、自分から話しかける勇気も当時はなかった。他の男の子が気になる時期ももちろんあった。
中学の最後に話しかけたのは高校の合格発表の日で、学校に報告しに行った時に偶然会った時であった。同じ高校を受けて、彼は受かり私は落ちた。私は「良かったね」と声をかけてから涙を堪えて靴を履いた。そこから5年くらいは音信不通であった。

そしてビッグ・イベントが起こる。成人式である!私には上にきょうだいがいて同じ中学校出身なので、当時の生徒会が主催する同窓会が別に開かれることは事前に知っていた。ニヒリストな彼が来るかはわからなかったし、中学生の頃の私は思春期で内向的になっていたので交際関係も少なかったから、同窓会に一緒に行ってくれる友達がいるかもわからなかった。それでもダイエットして10キロくらい痩せてから成人式に臨んだのである。我ながら純粋かつ可愛すぎてハグしてあげたい。

ついに当日である。普段からは考えられないほど早朝に起き、肌呼吸ができないほど厚くメイクを施され、タオルと着物をグルグル巻きにされて帯で締められた。キツい。ヘロヘロになりながら愛する幼馴染2人と共に会場に向かうと、いた。Kくんである。細身のスーツを着ていて、髪の毛が金色になっている。染髪脱色は大学生の専売特許と言ったら過言だが、彼の華やかな顔にはとても似合っていて、まるでデビット・ボウイのように美しかった。
式自体は中学・高校時代の女友達と懐かしく、楽しく交流した。ちなみにKくんの元カノとも仲が良かったので、着物を苦しがる彼女を会場の着付け直しの場に連れて行ったりした。普通に「こいつは昔Kくんと付き合ってたのか…羨ましいな…」と嫉妬丸出しであった。全く優しくない。寝不足のせいと思いたい。

女性の体を持ち、かつ確固たる個性と意志がない人間の成人式はRTAと言っても過言ではない。会場と衣装RTAなのだ。男子はスーツ一枚でヘラヘラしているのに関わらず、女性の体を持つと、はい振袖着て、はいヘアメイクして、はい雪駄履いて、はい成人式いってらっしゃい、はい家帰って、はい振袖脱いで、はいドレス着て、はい髪飾り変えて、はいヒールはいて、はい同窓会いってらっしゃい、である。慈悲はない。これが通過儀礼なのだと言われればギリわからなくもないが、だとしたら服がそのままの人間には同窓会までの時間RIZAP体験コースでも受講させた方がいい。

話が逸れたが、無事にドレスを着て友達と落ち合い、同窓会の会場に向かうこととなった。類は友を呼ぶため私の友人も同窓会でわざわざ会いたいような人は少なく「マジで行くのか」という空気が一瞬流れたが、ええい、ままよという感じで突っ切った。若さとは尖りである。
会場は繁華街にある、今は潰れた中華店のホールであった。会費は5000円で友人は元を取るため食う気満々であったのだが、私はそれどころではなかった。Kくんがいたのである!!!Kくんも通過儀礼RIZAPに行った方がいい側の人間だったらしく変わらず細身のスーツを着ている。話しかけたいが、Kくんがなかなかの人気者であることや勇気がないのも災いし時間ばかり過ぎていく。「お前そんなキャラじゃなかっただろ」という人間や先生、見た目が変わりすぎて本当に誰かわからない人間などにばかり話しかけられた。同窓会の醍醐味である。男の子に「博多美人って感じになったね」と言われて割とガチで照れてしまうといった微笑ましい場面もあった。ダイエットして良かったね。
そうこうしている間に終了10分前になってしまった。ヤバい。これはなりふり構っている場合ではない。シンデレラよろしくビビディ・バビディ・ブーが必要である。私は友人に泣きついた。「話しかけたいけん一緒におってほしい〜…」というと、友人はニヤリと笑い「あ〜、そういうことね」と返した。恥ずかしいが10年ぶりに関わらず察しとノリが良くて助かる。私は無事にKくんに話しかけることができた。
Kくんが関東の大学に行っていること、バンドをやっていること、彼の金髪が似合っていてかっこいいと思ったこと、私はまだ絵を描いていること、東京にはまだ行ったことがないことなど、本当に表面的なことをぎこちなく話したと思う。
私は勇気を振り絞った。「じゃあさ、東京行ったら遊びに誘っていい?観光案内してよ、全然知らないから」。我ながら本当に健気である。Kくんは少し驚いたように「おお、いいよ」と言ってくれた。そして後日、東京行きの飛行機のチケットとKくんとのアポイントを取り、本当にデートをすることになった。
デートの様子は、後半に続く!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?