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【送り盆】淋しがりで愛されたがりの死

新聞の訃報欄にKさんの名前を見つけたときは目を疑った。まだ五十代の若さなのに、と惜しむ気持ちと同時に何故か安らかな死に顔が目に浮かんだ。


Kさんを初めて見たとき、マフラーの巻き方と立てたジャケットの襟がスタイリッシュだなと思ったから、あれは冬だったんだ。

「僕はウミンチュウです。マグロ船に乗っていました」と私に自己紹介したKさんは、まったく漁師には見えない都会的な物腰の人だった。

その嘘か本当がわからない自己紹介は信じなかったが、どこか謎めいたKさんが私はちょっと気になった。

その次にKさんに会ったときは、私の同人誌仲間が一緒だった。

私の顔を見るなりKさんは「あなたの作品を読みましたが、あんなものは書く価値がない」といきなり噛み付いてきた。私は不愉快な気分になり、面倒くさい人だとKさんに対する気持ちはいっぺんに下がってしまった。

Kさんは何をしている人なのかその後知った。

知人で小学校の教員をしていた人から聞いた話によると、Kさんは元教員で西表島の小学校で一緒だったが、Kさんの奥さんが亡くなってから休職するようになり、そのまま来なくなったそうだ。

私と会った頃のKさんは、独立した息子が本土にいて、高校生の娘と両親と立派な二世帯住宅に住んでゆうゆうと暮らしていた。家に居ながらパソコンで財テクをする仕事をしている、と言っていた。

「僕の息子はオール1だけど」と言いながらスマホをスクロールして息子が描いた絵を見せてくれた。驚いた。神がかった、と形容したら大げさに聞こえるかもしれないが、ほんとに天才かもしれない。

障害者がすごい才能を持っていることがある。息子の絵は誰の絵にも似てなかった。

息子は入れ墨の彫師に就職した、とKさんは言った。もったいない、日本画家に弟子入りしたほうが良かったんじゃない?と思ったが黙っていた。


「美味しいイタリアンを食べに行かない?」とKさんが誘ってくれたことがあった。新鮮な素材、久々に美味しい料理をいただき、Kさんの舌は間違いないと感心したし、店内のインテリアも素晴らしかった。

こんな審美眼の高い人のメガネにかなう女も、その辺にはちょっと居ないんだろう。堀北真希が好きだと憎たらしいことを言うのもKさんだなあと思った。 
 
美食と美女が好きで、美的感覚に優れていてファッションセンスもいいKさんは、「ダンディだから彼女が三人いる」とか誰かに噂されることもあったが、ほんとのKさんはそんなんじゃない事に私は気づいていた。

Kさんは淋しがり屋で、愛されたがっていた。女性の方から告白されるのを待っていたのかも知れないが、Kさんはプライドが高くて相手の面子を傷つけるところがあった。


新聞の訃報を見たあと人づてに聞いた。Kさんの死因は自殺だった。

生前、Kさんは病気で薬を服用していた。だから、病気で亡くなったんだと思っていた。何の病気か知らなかったが。


それから数年たって、Kさんが服用していた薬は抗精神病薬だと知った。

スパゲティを食べるKさんのフォークを持つ手が震えていたのは薬の副作用だと説明されたとき、何の薬?と聞きそびれた。そこまでプライベートなことに立ち入るような関係でもなかった。

あのときKさんの手が震えていたのは抗精神病薬の副作用だったのだ。

病んでいることは気がついていたけど、そんな重い孤独を抱えていたとは知らなかった。

私は身体がぞくぞくして自分の身体を抱き締めるだけで精一杯だった。

そういえば、Kさんはどこか透明で儚い感じがしていた。生前からあちらの世界に片足をかけていたのかも知れない。


Kさん、安らかにお眠りください。



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