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母娘3人旅行 Vol.2 時空間移動

夫と旅行に行く時はほぼ雨だ。箱根に行った時も雨。何なら台風。箱根の登山鉄道が運行停止になったほど。小笠原へ行った時も曇り空が多かった。
それはそれでそれなりに過ごすし、返って多くのサービスを受けられたりしてラッキーなこともあるけど、やっぱり晴天がいい。
母娘三人の何十年ぶりかの旅行では、なんとか晴れて欲しい…などと心配もしなかったが、やはり澄み切った晴れだった。空が高く広くて、空気が新鮮だった。
母は妹に見繕ってもらった服を身にまとい、幾分若く見えた。
実は数日前から、ファッションショーが始まっていた。昔はおしゃれが大好きで私なら遠慮してしまうような服をサラリと着こなした。でも、今は小さく年老いておしゃれもとうの昔に気にしなくなり、着やすい服へとシフトを変えた。引っ越しする度に断捨離して、いざ、お出かけだ!と言うこの時に、体に合う余所行きの服が無かったのだ。
「あんた、良かったら着なさい。」
と私に回ってきた服がいくつかあるが、季節やサイズなどがどうもしっくりこない。あちこち飛び跳ねて出かけることが多い妹は、昔の母のように衣裳もちだ。ただサイズがどうしたって大きい。妹がほっそりしていた頃の服を引っ張り出してきて、着ては鏡の前で一目、すぐさま脱いで次のを試し…を繰り返した。そして一着選び、緩いウエストにはピンを留めることで対処した。

朝は元々体調がいい母だが、元気だ。この旅は楽しむ!三人ともがそれぞれ心に決めているのが伝わる。楽しもう。旅の始まりがもうすでに、長いトンネルを抜けた時の様な清々しさで溢れていた。父が亡くなって何年か経ったが、父の介護を終えてのお疲れ様会ではあるまいか。三人ともよう頑張ったな…と天の誰かに頭をよしよしと撫でられているような…。一区切り終わった合図の様な、もしくはこれから次が始まるぞ…という合図の様な。

車で二時間、宿泊先へ着くまでに寄り道をした。私のリクエストだった。好きだった建築家が設計したお菓子屋さんだ。のどかな自然の中、まるでおとぎ話の世界の様な景色の中にそれはある。和菓子で有名なお店だが洋菓子やパンなどもう様々なお菓子のテーマパークのようになっている。
そこで軽く食事やお菓子を楽しんだ。パークの中にある造形物で子供に戻ったように少し戯れて遊んで写真を撮った。
母は少し強張りかけていたが、積極的に動いていた。あまり連れまわしては夜が心配だと少し反省て、いざ、宿泊先へと急いだ。

一時間程車で心地の良い景色を見ながら走る。いくつかの交差点を通り過ぎ、ナビが指示する細道へと入ると急に少し古びた街並みに変わる。昔の宿場町だった風情が今も残っていた。宿泊先の宿はまさにその昔の宿場をそのままにリニューアルして作られている。一見どこが宿だか分からないほど周囲に馴染んでいた。
ここでいいのか…と車を路肩に停めて様子を伺っていると、宿の主人が出ていた。
「お待ちしておりました。」
作務衣を身にまとった主人はまだ若そうだが落ちついていた。本来は二人で切り盛りしているが事情があって今はひとりで頑張っているらしい。
車を停めて、年季の入った木の格子戸を入ると、昔の匂いがした。いつか、このnoteに書いたことがある、絵描きのおじさんの家の匂いだった。木と土と独特の昔の家の匂い。入り口は店になっていたのか、ショケースやそろばんや番頭さんでもいたような小さな小部屋があった。その横の細くて薄暗い通路を抜けると、天井高く吹き抜けになった空間に土間があり、土間には囲炉裏があり、囲炉裏には鍋がかかっていて、グツグツと今晩の食事の何かが湯気をあげていた。
「今晩のお食事にお出しするすっぽんです。」
ぎょ~。驚いた。一番後ろを歩いていたので母と妹の顔は見ていないが、きっと内心「無理。」と思って引きつっていたに違いない。三人とも苦手な一品だ。と言うより食わず嫌いで食べたことがない。
すっぽんは置いておいても、この建物の雰囲気は素敵だ。土間には大きな土釜戸もあった。昔なら何も特別な作りではないであろうが、街で暮らしていたら見ることはない。母は小さい頃に目にした似たような空間を思い出して小さな歓喜をあげていた。たしかにタイムスリップしたような心地になる。細くて暗い通路から吹き抜けのこの空間。そして、囲炉裏の鍋の湯気。まさにそういう憎い演出なのだろう。まんまとハマってしまう。けれど、旅はそういう演出に素直にハマってみるのが楽しかったりする。
先程よりは少し光を感じる通路を抜けると今度は食堂があった。広々とした空間に少し大きめの机がひとつ。そして、奥は一面のガラス戸になっており、一面に湖が広がっていた。
「そこから外に出られますよ。」
そろそろ日が傾く水面はうっすらとピンクがかって、ざばんざばんと小さな波を作っていた。海みたいだ。
急に時間がゆっくりと速度をゆるめた。

部屋は二階だと案内された。少し急こう配の階段を上がる。木の階段は使い込まれてつやつやで足を滑らしそうだった。ミシミシと音が鳴る。誘導されて部屋に入って、三人は叫んだ。
そこに広がる光景が遮るもののない湖だったからだ。もはや海だった。ずっと遠くまで広がる海だった。食堂から見た景色と同じだが、二階から見た景色はまた別ものだった。天井から足元までが全面ガラス。カーテンは開け放たれ、景色を遮るものが何もない。まるで空を飛んでいるかのようだ。
しばらく、夕日が沈むその景色を楽しんだ。母も今日一番体が強張っていたが、景色を眺めていた。時間がゆっくりだけどあッという間に過ぎ、夕食までにお風呂を済ませるつもりがギリギリになってしまった。母の背中を流し、燥いだ体を温めた。

さて、ここからの問題はお料理である。すっぽん。所謂スローフードな食事だたと思われる。土地の食材を取り入れた懐石。湖だから川魚そして、すっぽん。食いしん坊だけど食わず嫌いの多い女三人、大丈夫か?キチンと食せるのか?
部屋着に着替え、ワクワクとドキドキを胸に食堂へ降りていく。

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