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タクシーライドと、日本で勝負をかける

2000年はディレクター2年目の年で、まだ一押しアーティストを任せられる立場ではなかったので、とにかくこれから売れるだろう新人を見つけて、リリースしようとしていました。ワーナー・ブラザーズやアトランティックなどのアメリカン・レーベルだけでなく、ワーナー・カナダのハーレム・スキャーレムのように、世界のワーナーのリリースからも、探していました。当時はアドバンスCDというのがあって、世界のワーナーから日本の渉外担当に送られてきて、日本リリースを迎えることもないまま、未発売箱に押し込まれているものがたくさんありました。僕はそんな箱から、銀色のレーベルで、飾り気のない1枚のCDを見つけました。そのアルバムを車のカーステレオで聴いているうちに、とても好きになってしまったのです。それが、タクシーライドの『イマジネイト』でした。
アルバムのリード・シングルは「ゲット・セット」で、この曲のシングル・ヒットもあり、本国オーストラリアでは1999年にリリースになった『イマジネイト』はアルバム・チャートで1位を獲得していました。アメリカでも、サイアー・レーベルからリリースになり、リース・ウィザースプーン主演の映画『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!(原題Election)』の主題歌にもなっていました。

そんな時に僕は、このバンドを日本でも仕掛けてみようと、洋楽部内を説得することに成功し、無名の新人ながら、一押しで日本で仕掛けてみることになりました。まずシドニーの現地取材に、INROCKの加藤社長を連れて、行くことになりました。当時はサヴェージ・ガーデンのヒットもあり、オーストラリアの音楽が熱かったのです。僕らはまず、シドニー・エンタテイメント・センターで、彼らのライヴを見ました。これは若いバンドが、10代のオーディエンス向けに複数組出演するライヴで、ライヴを見た後に楽屋でバンドにあいさつしましたが、とてもフレンドリーでした。ワーナーのオーストラリアのスタッフが、オペラ・ハウスに連れて行ってくれたり、バンドとのディナーをセッティングしてくれたり、我々をVIPのように、もてなしてくれたのを覚えています。そして取材も無事に終わり、帰国しました。
日本のアルバム・リリースは2月23日で、アルバム・リリース後には、プロモーション来日も実現しました。アルバムからのセカンド・シングルは「エヴリホエア・ユー・ゴー」で、この曲もキャッチーで思い出深い1曲です。

このプロモーション来日は僕にとって、初めての本格的なものでした。これと同じ規模のものは、2008年のメイレイまでなかったと思います。東京、大阪、名古屋、さらに福岡まで行きました。まだ2000年はラジオの影響力が大きかったので、FM局で楽曲をかけてもらうために、番組出演をたくさんしました。そして、レコード・ストアでも数多くのインストア・ライヴを行いました。高田馬場のESP学園でのショウケース・ライヴも思い出深いです。サード・シングルの「キャン・ユー・フィール」はアコースティック・サウンドで、彼らのヴォーカル・ハーモニーが素晴らしい1曲です。

初来日公演も、この夏に実現しました。招聘はスマッシュで、東名阪のクアトロ・ツアーでした。メンバーのダン・ホールが脱退するという残念なニュースはあったものの、2人のサポート・メンバーとバンド・セットのコンサートは大成功しました。会場のあちこちから黄色い声援が飛ぶ人気ぶりでした。このころはまだアイドル的な人気のロック・バンドが多かったのです。今やすっかりK-POPの日本ですので、寂しい限りです。スマッシュの栗澤さんには、次のアルバムでも、バンドを招聘いただき、大変お世話になりました。
バンドはこの後、ジェイソン・シン、ティム・ワトソン、ティム・ワイルドの3人で活動をし、2002年には、よりロック色の強いアルバム『ガラージ・マハール』をリリースします。このアルバムはジェイソン・シンとティム・ワトソンがリード・ヴォーカルを取っていて、彼らが進みたい方向がはっきりとわかるアルバムでした。シングルの「クリーピン・アップ・スローリー」は大好きな1曲です。

タクシーライドは現在もオーストラリアで活動中です。やはり本国でヒット曲があるバンドは何年でも活動できますね。タクシーライドはアメリカやヨーロッパでは残念ながら成功せずでしたし、日本でも大きな成功とは言えませんでした。しかし、あの時、日本で仕掛けたことは本当に良かったと思うし、バンドにとっても僕にとってもかけがえのない思い出になりました。
今も、日本の洋楽を盛り上げるためには、新人を仕掛けてゆく必要があります。僕も長らく、新しいロック・スターは難しいかもしれないと思っていましたが、イタリアからマネスキンというアーティストが現われました。だから、チャンスはあるのです。なので、これからも常にそれを胸に仕事をしていきたいと考えています。<次回に続く>

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