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「JASRAC、音楽教室から使用料徴収」の波紋について考える

(※本記事は2017/2/7付の会社ウェブサイトのブログ用に書いた記事の転載です。)

先週報道されたこのニュースを巡ってネット上で様々な意見(というか否定的な意見がほとんどのようですが)が飛び交っています。

音楽教室から使用料徴収へ JASRACが方針決定(NHK NEWS WEB)
(※転載時注:リンク先記事が削除されていました。)

ネガティブな意見のベースにあるのは、ネット上にある「JASRAC=搾取する人たち=悪」みたいなイメージなように感じます。そして、今回の件に関しては、おおむね以下の3点の「印象」から来ているように感じました。
(1)音楽教室という音楽の発展に寄与しているところから徴収するのはけしからん。
(2)音楽家(著作者)自身がイヤだと言っているのに、JASRACは何の権利が有ってそういうことをするのか。
(3)だいたい分配が丼勘定で権利者に正しく分配されないのに、音楽教室から徴収するなんてけしからん。

(1)については、もっと平たく言うと、「音楽教室に通っている子どもたちから使用料を徴収するなんてかわいそう」みたいな感情も含まれているような気もします。基本的に先生がボランティアで無償で運営されている音楽教室から徴収するぞとなると、それはおかしいと思いますが、今回の話はビジネスとして運営されている音楽教室を対象とした話です。個人的にはこれまで徴収対象となっていなかったのが不思議なくらいです。音楽を利用してお金を儲けているわけですから。

(2)については、大まかに言うと、逆にJASRACの方に権利が有って、音楽家(著作者)の方にはイヤだという権利は無いんです。一般的なメジャー楽曲のケースで説明すると、著作権は以下のように権利者が変わっていきます。
●第一段階
Aさんが曲を作りました。その時点では、
著作権(財産権)=Aさん、著作者人格権=Aさん
となります。当たり前ですね。
●第二段階
AさんはB音楽出版者と著作権譲渡契約を結びます。
著作権(財産権)=B音楽出版者、著作者人格権=Aさん
ということになります。
●第三段階
B音楽出版者はJASRACとの信託契約に則って、この曲の著作権(財産権)を信託します。
著作権(財産権)=JASRAC、信託受益権=B音楽出版者、著作者人格権=Aさん
ということになります。信託契約については専門外なので詳しい説明は省きますが、著作権(財産権)はJASRACに移転しているということです。心情的な部分は置いておいて、ルールの面だけで言うと、Aさんには「音楽教室からは使用料を徴収するな」という権利はないのです。(別に言ったらダメということではなくて、言っても直接は関係ないという意味です。)
(※上記、細かいところで様々なケースがありますが、最も一般的なケースを大まかに説明しています。)

(3)については、正しく権利者に分配できていないという指摘は多くあり、確かに改善の必要はあるのだと思いますが、単純にそれとこれとは話が違う、ということです。「分配もろくに正しくできないくせに徴収しようとするな」というのはおかしな話です。徴収しなければ分配もできないのですから。
JASRACというのは、権利者から財産(=著作権)を信託され、委託者(=受益者)に代わってその音楽の使用料を徴収する使命があります。そして、その使用料を多く徴収することで委託者(=受益者)の利益を最大化する必要があります。これまで徴収できていなかったところ(ただで音楽を利用していたところ)から使用料を徴収しようとすること自体は、当然の行為といえます。

ちなみに、宇多田ヒカルさんが「もし学校の授業で私の曲を使いたいっていう先生や生徒がいたら、著作権料なんか気にしないで無料で使って欲しいな」とTwitterに投稿したということで話題になっています。このつぶやきはなかなか微妙でして、「学校の授業で」というのは今回の件とは全く別な話で、もともと無料で使えます。著作権法には権利制限規定というのがあって、学校での利用についてはここで規定されていますので。しかし、今回の対象となっている音楽教室は民間のビジネスであって、学校ではないのです。高校の入学試験の問題に小説など(小説も当然著作物です)を利用するのは無料でOKですが、予備校などが行う模擬試験の問題の場合は補償金の支払いが必要です。音楽教室は音楽教育の場でもありますが、運営している側はビジネスです。となれば、予備校の模擬試験と同じではないでしょうか。

JASRACについては、包括契約で丼勘定で徴収して、どの曲が使用されたかがわからないので、正しい権利者に分配がなされていないという指摘が多くあります。現状は確かにそのようです。理想論だと、全ての音楽利用者が使う曲1曲ごとに申請と使用料の支払いをして、それをJASRACが正しく集計して正しい権利者に正しく分配すべきということになるのでしょう。ただ、現実的には不可能です。それだと利用者の負担も大きく、集計するJASRACの作業量も多くなります。そうなると権利者への分配も減り、だれもハッピーではない気がします。実際にJASRACの使用料規定にはすべての用途に関して、包括ではなく、1曲1回あたり、という金額設定は存在しています。しかし、誰もが包括の方を選ぶわけです。その方が楽だからです。JASRACは音楽を使わせないようにするための存在ではなく、使う際の手続きを簡単にして使いやすくしている存在なんですが、なかなかそのあたりが一般の方には伝わっていないようです。
ちなみに、デジタルがベースとなっているものについては全曲の利用データが取りやすいので、そういう用途については、そのデータをもとにした分配がなされるように可能なところから少しずつ変わっていっているようです。
将来、技術的には全ての建物、店舗などにShazamやSoundHoundのようなフィンガープリントでマッチングできるシステム用の集音設備の設置が義務付けられ、自動で全ての音楽利用データが収集されて、自動計算されて正しく権利者に分配される、ということは可能かもしれません。(それが効率的で理想には近いですが、気分的に良いのかどうかはわかりません。)

最後に、今回の件、なぜこんな形で記事が出てしまったのかという点も若干疑問ではあります。JASRACは水面下で音楽教室大手のヤマハやカワイなどと交渉をして、それが妥結してから発表したら、利用者側も納得の上、というイメージを醸成できて、ひとり悪者扱いという事態は避けられたのではないかと思っています。

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