書庫を建てるー1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクトーを読んで

最近読んだ本で面白かったのは、東大教授の松原隆一郎さんと建築家の堀部安嗣さんが主人公の「書庫を建てる」という本。著者もこの二人。

書庫を建てる001

学び
● 建築家と施主(依頼主)の在り方
● それぞれのプロのものの見方
● 建築とコンサルティングの共通項
● 遺産の使い方

なぜこの本にたどり着いたか
先日箱根にある箱根本箱というホテルに家族で滞在する機会がありました。
全体がおしゃれな図書館になっているとても素敵なホテルで、私の理想の家に近かったです。

画像2


写真でも分かるようにホテル(旅館)と言うよりは図書館に近いイメージです。本の並べ方も書籍のコードによる分類のような無粋な並べ方ではなく、テーマ別になっていて、料理だったり、写真だったり、古典だったり、とても興味をそそる作りになっています。

その中のインテリア関係の本が10数冊並んでいる中に、私に読んでくれとばかりに語りかけてきた本がこの「書庫を建てる」でした。
思わず手にとって読みましたが、滞在中には読み切らなかったので、家に戻ってから改めて購入し再読しました。

今日はその感想を記します。
1)建築家から見れば何十件の中の1軒でも、依頼主(施主)から見れば一生に一回の大きな買い物。建築家はプロだが、依頼主は素人だ。
となると、建築家もどうしても依頼主を慮って、極力要望と取り入れようとする。それが自分の理想とは遠かったとしてもだ。
別の言い方をすれば建築家と施主によほどの信頼関係がなければ建築家は自分の理想を追求できないし、冒険もしにくい。松原家の場合はこの書庫以前に自宅の設計(改築)や奥さんのお店の設計などで何度か仕事を頼んでいたので、依頼主側の建築家に対する信頼が極めて高かった。
結果として、建築家が依頼主のコンセプトとはまったく異なるコンセプトの提案を行い、しかも依頼主の要望のいくつかを無視した提案をしているにもかかわらず、その提案を受け入れてもらっている。
出来上がった建物は素晴らしい芸術品になっており、しかも住み心地が良いという。

阿佐ヶ谷の書庫堀部安嗣建築設計事務所ホームページより

2)これはコンサルタントと顧客(クライアント)の関係にとても似ている。コンサルタントも初めてののクライアントの場合は、先方もこちらを信頼しきっているわけではないので、色々注文をつけたり、こちらの提案に反論もする。こちらも間違っていると思う場合も、「我々はプロであなた方は素人なんだから、我々の言うとおりにしておけば間違いない」とは言えない。
一方で、クライアントの希望だからと言って、こちらがおかしいと思うことを飲んでしまっては、一時の顧客満足は得られても、長い目での顧客満足に繋がらず、信頼関係も築けない。
したがって、いかに早期にクライアントとの間に信頼関係を築いて、相手の過ちを上手に指摘したり、相手が気がついてない点を提案しても大丈夫な関係に持ち込めるかにかかっている。

3)両者のものの見方
施主松原氏から見た建築家堀部安嗣
堀部さんの建てた家は一言で言えば静謐と動が同居している。ぱっと見た佇まいは静止画のようなのだが、実際に暮らしてみて廊下を歩いたり、階段を上り下りするにつれて、周りの景色が変わっていって飽きないなのだという。
それを感じさせる表現が文中に
「堀場さんは窓を、外の景色が一幅の絵画になるかのごとく切り取ります。窓枠の寸法が少し大きくても小さくてもバランスが崩れような、絶妙な切り取り方です。」
「私の視線はカメラというよりビデオのようで、映画を見ているかのような錯覚に陥ります」
一方で、建築家の堀部さんはこんなことを言っている。
「人を取り巻く世界には二つの世界がある。その世界をあえて言葉に置き換えるなら『世間』と『自然』である。(中略)建築とは本来、世間と自然の二つの世界を行き来して繋ぐものである。」
うーん、深い。
また、施主の要望とはまったく異なるデザインを提案した経緯について、こんなことを語っている。
「施主の要望としっかり機器、咀嚼した後、その要望をいったん忘れるのです。言い換えれば施主の要望を"言葉”としてとらえることをやめて、自分の身体を通過させて、もっと抽象的で身体的な“感覚”として捉えるトレーニングを開始するのです。」
いや、これこそコンサルティングの極意そのものではないかと激しく同意した。

3)最後はこの本の始まりから終わりまで一貫して流れるテーマは家族に対する思い、あるいは先祖を敬う気持ちをどうやって今の生活の中で生かし続けるかにある点です。
というのも、そもそも何でこんな建物を建てたかと言えば、学者である松原さんが所有する膨大な書籍と自分が小さいときに影響を受けた祖父母の位牌・仏壇をどうやって同居させるかが出発点になっている。
そのあたりの経緯は、建物や建築を抜きにした読みもの、あるいはファミリーストーリーとしてとても面白い。

ちなみに書籍の表紙にもなっている書庫については堀部さんのホームページに詳しく出ているので、興味のある方は覗いてみてください。
堀部安嗣建築設計事務所
https://horibe-aa.jp/work_068.html

2020年4月11日記



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