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丘の上のタチアオイ

ある丘の上に咲いていた、とても綺麗な花一輪。

それがタチアオイと呼ばれていることを知ったのは、一目見たから一年経った後のことだった。

赤く大きな花を開いたそれは、他のどの花よりも美しく、またどこか遠慮がちなその咲き姿は、守ってあげたくなるような儚さと健気さを醸し出していた。

一目惚れだった。初めて観た時、雷が落ちたような感覚を味わった。

辺りを見渡すと、僕と同じように惚れ込んだ男は何人もいた。皆、誰も彼もタチアオイを自分のモノにしようと必死だった。

僕は、タチアオイを支えたいと思った。

毎日その丘に行って、男達がいない隙にタチアオイに近づいた。

でも、僕はタチアオイを持ち帰ろうとしたり、無闇に触れようとはしなかった。

水をやったり、自分の話をしたり、時には支柱を建ててその身を支えてあげたり。

下心がなかったと言えば嘘になる。けど、タチアオイが笑ってくれればそれで良かった。

ある日、いつものように水をあげていると、風がヒュウと吹いてタチアオイが僕の手に触れた。

なんだか、タチアオイが自分から僕に触れた気がして、とても嬉しかった。

それから、僕は風を待った。あの風が、また吹いてくれないかと期待しながら待った。

期待して、落胆して、激怒して、執着して……

遂にある時、タチアオイは枯れた。

どこかに種を飛ばしたきり、タチアオイはいなくなった。

僕は困惑して、すぐに種を探した。時には街に出て似た花がないか探した。

でも、タチアオイはまるっきり、その姿を消してしまった。

そうして、名前を知ってから一年が経った頃。

自分がタチアオイにしたことが、他の男たちとまるっきり同じであったことに気づいた僕は。

家を飛び出し、紙とペンを買って、懺悔のような詩を書いた。

そうして書き上げた詩を読んで、そのまま暖炉で燃やした時。

あの日の感情は灰となって、心の片隅にうず高く積まれて、そのまま底に沈んでしまった。


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