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5月9日

ドラゴンフルーツを買ってみた。赤と緑の、厚いウロコ状の皮が凸凹と飛び出している、毒々しい見た目の果物だ。初めて買ったので切り方を調べると、ドラゴンフルーツには「ホワイトピタヤ」「レッドピタヤ」「ピンクピタヤ」という種類があり、この三つは切って果肉の色を確認するまで見分けがつかないらしい。なんと面白い果物だろう。円城塔の「バナナ剥きには最適の日々」にある、バナナ型宇宙人の対立を思い出した。三枚の皮の種族と四枚の皮の種族で対立しているが、死んで皮が剥けるまで自分が何枚で剥けるかは分からないのだ。
朝からここドラゴンフルーツの果実は何色だろう?とワクワクして切ってみると、赤い皮とのコントラストが綺麗な「ホワイトピタヤ」だった。生前「レッドピタヤ」の英雄として戦った彼だったが、死後、敵対種族ということが判明し私の朝食として美味しく食べられる運命を辿る...。しゃきしゃきしてほんのり甘くて、美味しかった。また安かったら買おうと思う。

今日は犬の散歩に行った後に買い物に行き、マイバックから溢れそうなほど買って休み休み帰ってきた。スーパーで母から頼まれたビール一箱、大きい紙パックのレモンティーとアイスコーヒー、それに加えてボディソープや食材を買い、八百屋で野菜を買ったら大変なことになった。袋が破れることなく家にたどり着いた時は心底ホッとした。

午後は今日中に終わらせたい課題があったのでずっとそれに取り掛かっていた。谷崎潤一郎の「痴人の愛」の梗概と考えたことを書くというものだが、文学系の授業を取るのは初めてで、あらすじは書いたことはあるが梗概を書いたことは無かったのでなかなか苦戦した。考えたこと、というのもあまり授業の目的とかけ離れたものではいかんだろうと、シラバスを読み直しああでもないこうでもないとなんとか書いた。その合間合間に洗濯をしたり食器を洗ったりと家事をしていると、あっという間に夜になる。

中原中也・全詩アーカイブをなんとはなしに見ていると、「ぜひ読んでおきたい!心に残る短い詩」の中で、見覚えのあるものを見つけた。ロバート・ブラウニングの「春の朝」だ。

時は春、
日は朝(あした)、
朝(あした)は七時、
片岡(かたおか)に露みちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸牛(かたつむり)枝に這い、
神、そらに知ろしめす、
すべて世は事も無し。

確か、ヤマシタトモコの「異国日記」の中で、主人公、朝(あさ)を引き取った小説家のおばが、朝のことを「犬のようなものと同居することになった」「犬の名を代わりにアシタとしよう」と語るエッセイの最後にこの詩が紹介される。朝の母親がこの詩を意識していたのかはわからないが、朝の名前は「必ず来る新しくて美しいものという意味をこめて」つけられたという。
最後の二行は、「神は天に在り、この世は総てよし」と赤毛のアンでも引用されている、有名な言葉だ。
松本侑子訳の方が表現がわかりやすい。

年は春
時は朝
朝は七時
丘の斜面には真珠の露がおり
ひばりは空に舞い
かたつむりはサンザシに這う
神は天に在り
この世はすべてよし!

「この世はすべてよし!」素敵な言葉だ。

30-day song challenge 27日目は、
"A song that breaks your heart"
大槻ケンヂの「踊る赤ちゃん人間」を挙げる。
「人は裸で生まれた時は 誰も愛され同じなはずが どうしてなのだ生きていくうち 運命は分かれ むごいくらいだ」という出だしの歌詞からぐさぐさ心を刺してくる。

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