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わたしたちは本を作る――kaze no tanbun 製作記1

kaze no tanbun 『特別ではない一日』製作記1
西崎憲 with 奧定泰之・竹田純

製作記2
製作記3
製作記4
製作記5
製作記6
 

 1 端緒

 いつのまにか本を作る側にまわっていた。
 翻訳や小説の仕事に長いあいだたずさわってきたが、まさか編集者までやるとは夢にも思わなかった。
 編集者としての初仕事は、2016年4月に刊行を開始した書肆侃侃房の文学ムック『たべるのがおそい』においてであった。
 編集長を務めることになったのだが、きっかけは同版元からフラワーしげる名義で歌集を出したことで、歌集の校正がすんだころにかわした世間話からはじまったことだった。
 打ちあわせが終わったあたりで、書肆侃侃房の社長の田島氏は「歌集が終わったら、なにか面白いことをやりませんか」と言った。「なにか面白いこと」というのは結局文芸誌ということに決まり、打ちあわせの約半年後に『たべるのがおそい』の創刊号が書店の店頭に並ぶことになった。

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『たべるのがおそい』は7号まで刊行されて、ありがたいことにずいぶん好評であったが、作業が思ったより多く、自分のほかの仕事、著作や翻訳にあてる時間が大幅に削られることになり、残念ながら編集長を退くことを申しでるほかなくなった。
 ほかの作家を編集長にしてつづけることなども検討されたが、結論は終刊ということになった。

 編纂の作業自体は編纂書などを相当数やってきたので、だいたい理解していたが、完全に編集者という立場になったのは、やはり『たべるのがおそい』においてであり、だから自分にとっては転機だったということになるだろう。同ムックでの経験は、電子書籍レーベル〈惑星と口笛ブックス〉の運営にそのまま活かされている。

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 そして編集者を経験することによって、予想外のことが生じた。本にたいする見方がすこし変化したのである。
 それまで、翻訳者、作者として仕事をしていたときは、本というのは「書く」ものだった。それが「作る」ものに変わってきたのだ。
 どう違うかということを事細かに説明する必要はあまりないだろう。
「書く」と考えていたときの仕事は文章のみだった。「作る」場合は、本にかんするすべてである。装幀、デザイン、マネージメント、校正、宣伝などなど。
 そして、しだいに、いい本を作りたい、美しい本を作りたい、これまでになかった本を作りたいと思うようになった。

 柏書房の編集者、竹田純さんに会ったのは2017年の夏のことだった。 竹田さんはペルシャ語を喋ることができて、独自の切り口で売れる本を刊行しつづけている注目の若手編集者である。
 詩の関係のイベントの打ちあげだったか、竹田さんは独特の飄々とした口調で、一緒に企画をやりたいむねのことを語った。

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 仕事の申し出を断ることはほとんどない。もちろんその場で引き受けた。最初の打ち合わせはメモを見ると2017年7月11日である。ほぼ2年前ということになる。
 そして、企画を進めているうちに、生涯において自分はこの本を作ったと胸を張って言える本を作りたいという気持ちが強くなり、そのことを話すと、竹田さんも賛同してくれた。それが最初の茫洋とした目標であった。

 当時、自分のなかにあった理想の編集者のイメージは以下のようなものであった。
 西部劇をイメージして欲しい。男が西部の町のバーに入ってくる。見慣れない男だ。流れ者。テンガロンハットもポンチョもガンベルトも埃にまみれている。

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「ミルクだ、冷たいミルクをくれ」男は言う。
 バーテンはミルクを出しながらたずねる。
「どこからきたんだ?」
「足立区だ」
「足立区、辺境だな」
「ああ」
「なにをやっているんだ」
「編集者だ」
「ほー、本を作るのか」
「そうだ」
「腕はどうだ」
「この町で銃を抜くのが一番速いやつよりちょっと速いくらいだ」

 まあ、これは冗談であるが、とにかく編集という仕事に手を染めたからには、このくらいの気概をもって取り組むべきだと自分は思ったのである。

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(続く)

※写真はどちらも本人ですが本文とはあまり関係がありません。


刊行間近!
柏書房 kaze no tanbun 『特別ではない一日』

寄稿者(敬称略50音順)
我妻俊樹 上田岳弘 円城塔 岡屋出海
小山田浩子 勝山海百合 岸本佐知子
柴崎友香 高山羽根子 滝口悠生
谷崎由依 西崎憲 日和聡子 藤野可織
水原涼 皆川博子 山尾悠子

柏書房公式サイト

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