ライブに行くこと

今年ももう11月。
去年、友達に訊かれてやってみたやつ、
「私が何を見に行っていたのかを振り返ってみる」を、今年もやってみたいと思っている。

今年もたくさんライブを見たり演劇を見たり映画を見たりした。

私は学生時代はさておき2021年までエンタメとは無縁でひたすら仕事に邁進してきたので、
自分がこんなにライブに行くようになるとは思ってもみなかった。

人生はよく分からない。

佐藤正午に『ジャンプ』という小説があった。
映画化もされたようだが、私は映画は見ていない。
ジャンプ(失踪)する人の話で、自分の人生に重なるものがあり興味深く読んだ記憶が少し蘇った。
思えば、このnoteはそれがあって始めたようなものだ。
世界の片隅でひっそり始めたnoteだったけど、
その後、心の均衡を失い、病も患い、また20代の記憶がほとんどなく(特に前半の方)、
リハビリのような内容になってはや数年。
私の文章を読んでくださる人もいらっしゃるようになり、不思議な気持ちである。

私にとっては、ライブに行くこともリハビリのひとつでもあり、状態が悪い時期は言葉が何ひとつ理解できないライブもあった。

音楽は波動だと思う。

どんなにダークな内容を歌っていても、
ポジティブな歌詞でも、あまり関係ないかもしれない。
ライブで受け取るそれは、熱を帯びた波動。
アーティストの方々が全身を震わせて送る波動。
もちろんテクニックは絶対あると思う。
でも、最終的には届けようという気持ちがあるかないかだと思う。
それは動物的な温もりと言い換えても遜色ないかもしれない。

ステージの上から送ってらっしゃるけれど、
直接からだに触れるわけではないけれど、
あったかいものは確実に伝わってくる。

見ず知らずの人間にあったかいものを届けようとするなんて、どんなにパワーが要ることだろう。

私はまだ経験したことがないが、時にライブの内容が予期せぬものだったり、体調不良で中断されたり、直前で中止(延期)になったりし、
ニュースにもなる。
仕方ないことだろうと思う。
アーティストも人間。

ただ、見る側も(なんとなく行く人もいるだろうが)、何ヶ月も前から予定を組んで、公共交通機関や宿の予約をして行く人もいる。
私のように立つ気力すらない人間がライブのために立ってよろよろしながら電車に乗って行く場合もある。
そうさせる何かがライブにはあると思う。

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