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(80) ちょいと散歩

「あれ?看板はどうなった?」
つい最近まで”HAREY ONLY”という看板があったはずだ。

隠れ家ばかりに引っ込んでいてはと、ちょいと散歩でもと思い山小屋を出た。山ではちょいと散歩となると、山菜でもあったら採る為に袋がいる。可能性はないと思うが、イノシシや熊に出会ってはと思い、大き目のナタを腰に下げることにしている。ゴム長靴は必需品だ。少し山を下って県道に出ると、キャンプ場があり、はずれにその”HAREY ONLY”の看板と共に、鉄馬バイカーの為の宿とカフェがある。確か最近まで看板があったはずだが、取り外されている。不思議に思いながら、カフェでひと休みを決め込む。西部劇でおなじみの木造の建物があり、馬車の車輪などが置いてある。確かにハーレーが数台並んであり、どれも最近のハーレーではない。サイドバルブ・ナックルがほとんどであり、当然カスタムなどしてあるはずもなく、オリジナルのままを保っており、サビが浮いていて味わい深い。

「バイク乗られるんですか?」
ふり返り驚く。革のパンツにバックル、腰にはシルバーのチェーンに黒のタンクトップ。肩から手首までタトゥーときた。なるほど、これだわ。
「以前も来て頂きましたよね?上の山小屋の方ですか?コーヒーでよろしいですか?」
「はい、よろしく。・・・あのぉ・・・”HAREY ONLY”の看板どうされたんですか?」
「あれは単なるジョークのつもりだったんですけどね、ホンダやカワサキ、ヤマハのお客さんから皮肉言われたりしまして」
「皮肉言うようなことじゃないですよね(笑)」
「そうですよね。店やってると、そう勝手なことも言えないですら・・・。仕方ないです。まぁ、僕の中にハーレーでないとバイクじゃないという”差別意識””優越意識”もあったりしたものですから・・・」

たかが散歩にこんな出会いがある。”差別意識””優越意識”などと、自身のそれらを素直に認める上等な姿勢が嬉しかった。

「つい最近まで、1970年制のワーゲンビートルに乗ってましてね。キャルルックにカスタムしてね。クーラーは載せられないから三角窓だけ開けて、夏は汗びっしょりで乗ってましたけど、そこは涼しい顔でやせ我慢ですよ。私もビートルじゃなきゃ車じゃないって思ってましたよ(笑)」
「そうでしょ!僕なんかハーレーとタトゥーはセットで・・・そんな優越感と差別意識は許されますよね?」
同意を求めるその真剣な眼差しに打たれた。
「良い良い!そんな意地って近頃めっきりなくなったけど、張らなきゃね」
最初は見た目で苦手だと感じた彼との距離は30cmとなっていた。久しぶりに「骨」のある青年に出会った事が嬉しかった。

「上の山小屋に住んでいる方で、蝶の博士の方が時々ここにいらっしゃるんですよ。その博士が変わったカウンセラーが近くに居るんだ、と口癖のように語っていて。今度連れて来るよ、とおっしゃるんですが・・・バイク・ビートルと来ると・・・もしかして?」
博士がここに来てるんだ。おしゃべりだな~。暇にまかせて、人のことを勝手に面白い奴と語るか?

”HAREY ONLY”と同じで”ONLY ONE”と意地張って生きてるカウンセラーですよ。それは、この僕です・・・」


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