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(114) ある模様の一部といかないか? 〜何故の流れを見きわめる〜

「ジャンジャンジャ~ン ドン・バシンバシン・ドンドンドン・チャ」
エレキギターにバスドラム・シンバルが突然予期せず鳴り響いたら、誰にとってもイライラの原因となり、ストレスを感じる。それが布袋寅泰さんのギターであり氷室京介さんの曲のエンディングであったとしてもである。その場合”BOOWY"という名バンドも意味を成さない。予期せず、突然なのならそんなものなのだ。

「もしもし、Sさんから電話いくはずだから、またよろしくね。今度はちょっと今までとは意味が全然違う気がして、何だか気味が悪いよ・・・。まるっきり健康なんだよ、だから医者の僕が担当する訳にはいかないから・・・。僕の範囲を超えてる世界だから無理なんだよ。薬なんか出してないからさ、よろしく」
例のおしゃべりな心療内科医の先生が、またクライアントを投げてきた。

「三年間、本当に仕事が楽しかったんです。つい二週間程前から、急に本当に突然その先輩が、今まであれやこれやと全くなかったのに厳しい指示が飛ぶんです。穏やかで優しい先輩なんですよ。ただ急に、何かがおかしいんです・・・。私が悪いのか?と不安になり心療内科を受診したら先生を紹介されて・・・」

「その先輩ですけど、最近何か変化がありませんでしたか?あなたに関係なく先輩ご自身のことで・・・」
「はい、詳しいこと聞いていませんが、月一度ぐらいのペースでしょうか。シフトに入っているのに休まれることが半年ほど続いています。それぐらいでしょうか」

「体調、お悪いんでしょうか?」
「何もお聞きしていませんが、作業で隣り合わせになるとき、指のマッサージのようなことをされているのを見かけるぐらいです。何か私の気づかない何かが、三年も務めていてまだこれか!と、私に言われているような気になり辛いです」

「どれぐらいの辛さでしょうか?もう辞めたいとか?」
「今までまるであのようなご指摘はなかったのに、今、何故ここまで私が言われるのか理由がわからなくて辛いというより、気味が悪くて、先輩の真意が知りたいんです」

「そうですか。わかりました。急に二週間前からですね。三年間一度もなかった優しい先輩が突然の豹変で・・・何かあなたに見えていない何かの変化がそうさせているんでしょうね。もしかしたら、あなたと何の関係もないところの問題であるかも知れませんね」
「いやぁ、私だと思います。働きやすい職場だから、ついつい甘えてしまっているところがあるのかも知れません。理由を分かりたいのです」

車に乗っていると、突然後ろからけたたましいサイレンを鳴らして救急車が近づくと、その騒音にびくつきドキッとすることがあり、恐さを感じたりする。しばらく足が震えたりしてストレスを受ける。ただ、それは助けを求める誰かのもとに急いで駆けつけようとしているのだ。それが理解できた時、ホッと安心して感じた騒音のストレスを忘れ「急げ!助けてやってくれ!」と、叫んだりすることになるものだ。

道路工事の地響きするような騒音や、ひっきりなしに行き来する車や電車の音。我々にとっては大きなストレスとなる。しかし、それらのどの音も「現代社会」というシンフォニーの、なくてはならない重要なパートに違いないのだ。ネガティブに感じてしまう音の効果を、出来るだけ和らげ、ポジティブな効果を引き出してみたいのだ。

「先日、直径百二十センチもある円型に編まれたレース編みを見せてもらいました。一九〇〇年代前期のアンティークな柄で、それはすごいものでした。僕は素人ですから、ごく近くに寄って中心にある柄をひたすら眺めたわけです。すると制作者の作家先生が『もしもし、そんなに近づいてご覧にならずもう少し遠くから全体を眺めてください』と、言われてしまいました」
「私もたぶん、そうしたと思います」

「中心に編まれたそのアンティークな模様のひとつも美しいのですが、その模様のくり返しくり返しを遠目で見るのは、もうひとつそのレース編みのすごさを感じました。”ある模様の一部”をどれだけ見続けても、その全体をイメージすることは決して出来ない。”全体が捉えられ”そのすごさが感じられた時、その模様は全体の一部であることから、一部の本当の価値ってわかるものですね!そんなことをレース編みから学びましたよ。レース編みの一部の柄に目がいってしまうと、そのレース編みの全体の価値が見えなくなるものですよね。今、その先輩の今までには決してなかった急な”厳しさ”に目をとらわれると、”その何故”を見失ってしまうかも知れませんね」

「はい、先生のご指摘よくわかります」
「きっと先輩はお身体の調子が悪いんだと思いますよ。近いうち、仕事を辞められる予定ではないでしょうか?後輩のうち、あなたなら後継者になれる人だと認められ、身につけたすべてをあなたに伝えたいと思われたんだと思いますよ。これってたぶん当たっていると思います。きっと時間がないんですよ、だから厳しい・・・」
「はい・・・先生、私涙が止まりません」

その面接の翌週末、その先輩は仕事を辞められたと、クライアントさんから電話が来た。

「先生、私軽率でした。何故その程度のことが読めなかったのか・・・恥ずかしいです。指のマッサージされていたこと気づいていたのに・・・。先輩、重篤なリウマチだということです。先生、ありがとうございました。私、お見舞いに行ってもいいでしょうか?」
「ぜひそうしてください。『早く良くなられて、またお仕事に来てください。私待ってます』とお伝えしてください」

健康な方の面接、初めての経験をした。


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