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感謝の日々

昨日は私の誕生日だった。41歳になった(お祝いのメッセージくれた方、ありがとうございました)。

特にこれといってなにもない、平凡な一日だった。これは決してわるい意味ではない。いつもと変わらず一日を楽しく無事に過ごせているということそのものが、私くらいの年齢になってくると、祝福に値することなのではないか。無事これ名馬というと、気取りすぎか。

昨日の夜にふと思ったのだが、人にとって、誕生と死は対をなす概念だが、本人が生きているあいだ、誕生日はあっても、命日はない。厳密にいえば、命日はまだ確定していないだけで、実は存在するのだが。毎年一回、誕生日が必ず来るのと同じように、命日も必ず来ているのだが、あいにくまだ死んでないので、それを意識にのぼらせずに済んでいる。

もし命日がわかっていたら、「命日おめでとう」なんて不謹慎な挨拶を交わし合うのだろうか。

とはいえ、自分がいつか死ぬということを、年に一度はリマインドしてもらえるのは意義がありそうだ。もし日付だけがわかっていて、年についてはわかっていなかったら、その日いち日は仕事どころではなくなりそうだ。そして、翌日からは元気いっぱいになるはずだ。

ここまでの話で、星新一の「感謝の日々」をちょっと思い出した。便利な満たされた生活に感謝するために、あれこれの「感謝の日」が設定されているというお話。こちらに収録されています。

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Kazu IIDA

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