IEO時のトークンバリュエーション
I. はじめに
トークンを発行して資金調達を行う、いわゆるIEO(Initial Exchange Offering)が今後増加していく見込みだ。
自民党から公表されている「webホワイトペーパー」においても、「web3推進に直ちに対処するべき課題」の中にトークンの審査、発行、流通が位置づけられており、トークンを上場するIEOの審査の効率化、具体化、透明化が課題として掲げられている。
これまでは、既に市場で流通しているトークンが国内の暗号資産取引所に上場するケースが多かった。
海外の市場で値段がついている銘柄を国内のユーザー向けに国内の流通市場で売買できるようにすることを目的にしていた。
一方で、IEOは文字通り、市場での初めてのオファリング。
つまり、IEOで発行されるトークンはまだ市場で流通していないトークンであり、これから値付けを行うものである。
従って、市場で値段がついていないのである。
そして、このトークンの値付けに関して、EYから公表されている”the valuation of crypto assets”によると定まった方法が現時点では存在しないと謳われている。
市場での時価が存在しない、のみならず、ロジックに基づいた方法論も確立されていない中でこれから上場するトークンの価格を算定する必要がある。
さらに日本特有の事情として、事実上トークンのプライベートセールを行うことができない点がトークンの値付けを難しくしている。
ベンチャーキャピタル(VC)からエクイティファイナンスを行うスタートアップはファイナンスの都度株式のバリュエーションをVCとの間で合意し、合意した価格で資金調達を行い、これを成長投資に振り向ける。
そして、一定の成長後にIPOを行う。ここでのIPO時の公募価格は上場株の投資家の需要によって決まるが、一方で、プライベートラウンドでのVCとの間のバリュエーションも一定の考慮事項になり得る。これがトークンファイナンスにはないのである。
ここまでの議論をまとめると、
流通市場での時価がない
トークンのバリュエーションの方法も確立されていない
プライベートセールでの投資家との合意した価格もない
このような環境下でIEOについても投資家に売り出すトークンのバリュエーションを決定する必要がある。
一方で、先ほどのEYの”the valuation of crypto assets”によると、「確立された方法はないが、参考となる方法はいくつか考えられる」とも謳われている。
以下では、このEYのレポートに記載されているトークンバリュエーションの参考となる方法を解説する。今後増加が見込まれるIEO時のトークンの売出価格の算定実務の早期の確立を期待したい。
II. トークンバリュエーションの方法
1.伝統的な株式のバリュエーションが利用できない理由
一般的に株式のバリュエーションとして用いられる手法として、インカムアプローチ、コストアプローチ、マーケットアプローチがある。
しかし、これらは通常トークンの算定方法として用いられることはない。
なぜならば、トークンの価値はトークン発行者にもたらされるものではないからだ。
つまり、株式の場合、株式により調達した資金を投資することにより得られた利益は発行体が計上し、株式発行体の保有者である株主に一義的に帰属する。
しかし、トークンはトークン発行により調達した資金を投資して発行者が利益を得ても、それはトークン保有者に帰属するわけではない。
これが伝統的な株式のバリュエーションを用いることができない根本的な理由である。
バリュエーションメソッドごとに採用することが難しい理由を以下で個別に説明する。
(1)インカムアプローチが採用されない背景
インカムアプローチの代表格であるDCF(Discounted Cash Flow)法は株式価値を算定する上で理論上正しい方法であると言われており、CFの発生予測の見込が立たないシード・アーリー期のスタートアップを除き、最も活用される方法である。
しかしながら、トークンの価値を算定する際にはこの方法を用いることは想定されない。
なぜなら、この方法は事業により得られた収益は株主に帰属することを前提としているからだ。
つまり、DCF法が正当性を持つ根拠は将来の稼得利益に対する配当請求権、残余財産分配請求権を株主が有しているからに他ならない。
また、配当を前提としている配当還元モデルなども同様に配当請求権を有していることを根拠にモデルの正当化がなされている。
一方で、トークン保有者は会社財産に対する一切の請求権を有していないため、これら株主権を前提としている評価方法を利用することができないのである。
(2)コストアプローチが採用されない背景
コストアプローチは一般的にはBS純資産をベースに算定される。
つまり、現時点で会社を清算した場合、株主に分配される財産の価値に立脚したバリュエーション手法である。
コストアプローチが正当性を持つ背景はDCF法などと同様に残余財産分配請求権という会社財産に対する請求権を法的に株主が有していることを前提にしている。
トークン保有者は会社財産に対する一切の請求権を有していないため、コストアプローチもインカムアプローチと同様にトークンの価値を算定する手法として用いることは想定されない。
(3)マーケットアプローチが採用されない背景
マーケットアプローチは市場価格(株価)がついている類似企業の時価と売上高、利益、純資産などの財務指標の関係性を用いて、自社の株価を算定を行う方法である。
売上高は企業が顧客に提供する財の総額であり、利益はその一連の活動の成果、純資産は利益の積み上げとその元手である株主からの拠出金である。
つまり、財務数値とは発行体の株主に関連する指標である。
トークン発行体の財務指標とトークン保有者の利益は関係がないことから、マーケットアプローチは、コストアプローチ、インカムアプローチと同様にトークンの価値を算定する手法として用いることは想定されない。
以上、伝統的な株式のバリュエーションを用いてトークン価値を算定することは原則的にできない。それでは何をベースにトークン価値を算定するのか?
以下、EYのレポートに紹介されているQTMモデルを紹介する。
2. QTM(Quantity Theory of Money)モデル
QTMモデルはマクロ経済学に立脚したモデルであり、通貨供給と物価水準(すなわち、物価の平均水準)との関係を説明した経済理論であり、別名フィッシャーの交換方程式とも呼ばれる。
次の等式で表される。
MV=PQ
M(Money supply)
通貨供給(現金および預金の総額)
V (Velocity of money)
通貨の流通速度(1単位の通貨がどれくらいの頻度で取引に使用されるか)
P (Price level)
物価水準(物価の平均水準)
Q(Quantity of goods and services)
一定期間内に生産される財およびサービスの量(実質国内総生産、GDP)
QTMモデルとは供給され、かつ、流通する通貨量の総和(左辺)と、それが消費されるサービス全体の価値(右辺)が等しいことを前提に、等式が成立する物価水準(P)を算定するモデルである。
このQTMモデルを下敷きに
発行を予定しているトークンの数量(M)
発行したトークンがどれほどの頻度で使用されるか(V)
発行トークンによりどれほどのサービスの交換の媒介に利用されているか(Q)
これらを前提にそれが成立するトークン価格を算定することになる。
割引率
上記QTMモデルに当てはめて、トークン価値を算定した場合、算定されたトークン価値の時間軸の議論がある。
QTMモデルでは、トークン発行者の将来時点のエコノミクスの予測を前提に、その時点で成立するトークン価値が算定されていることになる。
つまり、IEO時点において投資家に販売するトークン価格と、QTMモデルで算定されたトークン価値との間には想定する時間軸の相違がある。よって、適切な割引率を設定し、QTMモデルで算定されたトークン価値を現在価値に割り戻す必要がある。
割引率の設定には主観が入り込む余地は大きく、適正な割引率の水準を決定するのは難しいが、過去のICOプロジェクトの成功確率の低さを考慮の上で、慎重に割引率を設定することが求められる。
3. 伝統的バリュエーション手法の転用可能性
上記ではインカムアプローチ、コストアプローチ、マーケットアプローチといった伝統的な株式のバリュエーション手法を用いてトークンの価値算定を行うことができないと申し上げた。
一方で、EYの”the valuation of crypto assets”によると、QTMモデルが最も有用なトークンバリュエーションの手法だと言いながらも、その他の方法の転用可能性を否定しているわけではない。
以下では、その可能性を模索することとする。
(1)コストアプローチ
マイニングコスト=トークン価値総額と捉えるという意味で、コストアプローチの可能性があると考えられる。
このアプローチの背景にはそのプラットフォーム(エコノミクス)を下支えするコストは、プラットフォームで成立するトークン価値総額以下であれば、誰もマイニングに参加しなくなるという前提に基づく。
「マイニングを継続しているのはマイニングコストを上回るトークン価値を期待しているからだ」ということも逆説的に正当化できることを意味する。
マイニングというコンピューティングパワーの提供というインプット価値とインプットを基にトークン価格を算定されるという意味でコストアプローチ的算定方法と言える。
(2)マーケットアプローチ
直近でリリースされた類似のプロジェクトの市場価格をベースにトークン価値を算定することが可能であると考えられる。
また、VCからの資金調達の際に彼らに販売したトークンの価値を前提に算定することも可能であると考えられる。
一方で、日本においては、資金決済法の制約から、事実上プライベートセールを実施することができないため、ベンチマークできる銘柄は上場したトークンに限られる。
(3)インカムアプローチ
インカムアプローチは発行体の収益をベースに株価を算定する方法である。
前述の通り、トークン発行体の収益とトークン価値には何らの関連性はない。よって、この方法を用いてトークン価値を算定することは難しい。
IV. さいごに
9月6日に日本公認会計士協会及び日本暗号資産ビジネス協会からIEOに関する会計処理及び監査上の留意点が示された。目下、上場会社の子会社がコインチェックでIEOを予定している旨のリリースもなされた。
ルールは整いつつあり、また。上場会社の事例を受けてIEOは一定程度広がってくると考えられる。
このような状況を踏まえると、IEO時のトークンのバリュエーションは今後もより重要になってくるものと考えられる。
以下、僕は某IEOプロジェクトのトークンバリュエーションの実務を経験したことがあるため、トークンの値算定レポートを作成実務経験があります。
IEOを考えている方、ご連絡いただけると嬉しいです!
公認会計士/税理士/米国公認会計士 水地一彰
kazuaki.mizuchi@gmail.com
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