洋食 大吉

偏食家でそもそも食べるという行為に興味のなかった司馬遼太郎は、作中に食事のシーンが滅多になく、あったとしても描写が淡白な印象を受ける。

一方で藤沢周平や池波正太郎は美食家かつ食べ歩きが好きだったせいか、作中の食事のシーンには力が入っているし、食関係のエッセイを多数出していたりもする。

そんな池波正太郎も贔屓にしていた店、それが浅草橋から少し歩いた旧柳橋界隈の洋食屋大吉だ。

かつて勤めていた個人事務所がその所在を浅草橋に構えていたため、ランチにディナーにと俺もよく利用していたのだが、訪れるのは久々。

店舗はビルの地下1階にあってテーブル席と奥に座敷がある。入り口のショーケースにはこの店が登場した池波正太郎のエッセイ「古いもの新しいもの」と「食卓のつぶやき」が誇らしげに展示されている。

”清潔で活気に満ちた店内、親切なサービス。良心的な値段と味。これはまさに、戦前の東京下町の洋食屋である。レストランではない。

確かに、ここはレストランではない。卓上には赤と白のギンガムチェックのテーブルクロス、昭和のテイストが残る店内。ディナータイムには洋食を肴に酒を呑む人で店内は満席となる。清潔な厨房で注文を受けてからメンチカツやハンバーグの生地をペチペチと空気抜きをしている光景が見える。

さて、まずは1杯。スパークリングワインはいつものサッポロ・ポールスター。最近樽詰めスパークリングとして居酒屋なんかにあるやつだ。これはビールサーバのように炭酸ガスとワインがタンクで別々に供給されるタイプと憶えておくとモテるかもしれないw

肴にはキャベツシーザーとホタテのバターソテー。

メインはミックスグリル。ハンバーグとフランクフルト、チキンソテーに自家製のデミグラスソースがかかっている。洋食なのだからご飯と味噌汁を箸で食べる、というこのスタイルがいい。

元々洋食とは米飯に合わせて食べようと独自のスタイルを確率してしまった、日本料理のある意味進化の枝分かれなのだから。

この店の自慢はやはり大皿に盛られた320gの「岩中のロースカツ」。宮内庁献上の「岩中豚(岩手中央畜産の略でいわちゅう)」の上質のロースを使用したものだ。量が多いのでシェアして食べるのが前提だ。

良いトンカツは柔らかくて脂が甘く、旨い。これが1皿2000円もしないので3人で分ければ600なんぼ…なんだが1人で来た時は注文できないというジレンマがある。

洋食屋の柱はやはり揚げ物、ハンバーグを筆頭とするソテー類、そしてご飯と麺類だろう。

”そのとき、私はオムレツでウイスキー・ソーダをのみ、ヒレカツレツをつまみ、そのあとでチキンライスを食べた。

そう記述した今から40年前、池波正太郎が食べたチキンライスはなぜか現在メニューには存在しない。その代わりといってはなんだがオムライスはさすがに美味い。薄焼き卵で包まれ、惜しげもなくケチャップのかかったそれは半熟だのトロトロだのの昨今のオシャレ系オムライスを「うるせえ」と黙らせる正統派だ。

大盛りにもできるがかなりの量なので挑む時は要注意。

いやあ食った食った。かつて池波正太郎が「日本的洋食」と称した店、いつまでも続いて欲しいものである。

洋食大吉(浅草橋/洋食) - ぐるなび