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数年ではなく、わずか数週間で発見:AI とハイパフォーマンス コンピューティング (HPC) が科学的発見をいかに加速するか(2024/01/10、ニュースリリース)

※米マイクロソフトからブログ更新のお知らせがニュースリリースで来ました!

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数年ではなく、わずか数週間で発見:AI とハイパフォーマンス コンピューティング (HPC) が科学的発見をいかに加速するか
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※本ブログは、米国時間 1 月 9 日に公開された
"Discoveries in weeks, not years: How AI and high-performance computing are speeding up scientific discovery" の抄訳を基に掲載しています。
https://aka.ms/AAnurb5

キャサリン ボルガー (Catherine Bolgar)

これまでコンピューティングは、様々な科学的発見を加速させています。
そして今、高度な AI と次世代クラウド コンピューティングを組み合わせることで、数年前には想像もできなかったスピードで発見のペースが加速していると、科学者たちは語っています。

マイクロソフトとワシントン州リッチランドにあるパシフィック ノースウェスト国立研究所 (PNNL) は、]この加速化が化学と材料科学の分野にどのように役立つかを実証するために協力しています。
この 2 つの分野は、世界が直面するエネルギー問題の解決策を見つける上で極めて重要です。

PNNL の科学者たちは、マイクロソフトとの共同作業の一環として、高度な AI とハイパフォーマンス コンピューティング (HPC) を活用して、新たな電池材料を数年ではなく数週間で発見し、テストしています。
HPC はクラウドをベースとしたコンピューティングの一形態で、
多数のコンピューターを連携させて複雑な科学的および数学的な問題を解決します。

このプロジェクトの一環として、Microsoft Quantum チームは、AI を用いて数日間で約 50 万の安定した材料を特定しました。

この新しい電池材料は、マイクロソフトの Azure Quantum Elements を活用した共同研究によって生まれたもので、3,200 万もの無機材料の候補から、わずか 80 時間で電池開発に使用できる 18 の有望候補に絞り込まれました。
最も重要な点は、急務である持続可能性、製薬、その他の課題に対する解決策を迅速に押し進める新たな方法の基礎を築き、量子コンピューティングによって可能になる進歩の一端を見せたということです。

PNNL のチーフ デジタル オフィサーであるブライアン エイブラハムソン (Brian Abrahamson) 氏は、次のように述べています。

「私たちは、多くの科学分野でこれを実現する機会があると考えています。
最近の技術進歩により、科学的発見を加速する機会が開かれました。」

PNNL は、米エネルギー省傘下の研究所で、化学や材料科学などいくつかの分野で研究を行っており、その目的には、エネルギーの安定供給と持続可能性も含まれています。
そのため、新しい電池材料の候補を見つけるために、高度な AI モデルを活用するマイクロソフトの理想的な研究パートナーとなりました。

「新しい電池の開発は、非常に重要な世界的な課題であり、これまでは手間がかかるプロセスでした。
人間のスケールで材料を合成しテストすることは、根本的に限界があります。」

と、エイブラハムソン氏は続けます。

■試行錯誤しながら学ぶ

材料合成の伝統的な最初のステップは、公開された他の材料の研究をすべて読み、異なるアプローチがどのように機能するか仮説を立てることです。
しかし、PNNL の材料科学グループリーダー、ヴィジャイ ムルゲサン (Vijay Murugesan) 氏は、

「主な問題の 1 つは、成功例は公表されるが、失敗例は公表されないことだ。」

と指摘します。
これは、科学者が互いの失敗から学ぶ機会がほとんどないということです。

次の伝統的な科学的ステップは仮説の検証で、これは通常、長期間にわたる反復的なプロセスです。

「失敗したら、また振り出しに戻るのです。」

と、ムルゲサン氏は言います。
彼が以前 PNNL で行った、バナジウム レドックス フロー電池技術 https://www.pnnl.gov/vanadium-redox-flow-battery のプロジェクトは、問題解決と新材料の設計に数年かかりました。

従来の方法では、過去に行われたことをどのように改善するかを考えます。
または、あらゆる可能性を検討し、新しいものを見つけるために消去法を用いることもできます。
新しい材料を設計するには多くの計算が必要なため、化学は量子コンピューティングの最初のアプリケーション例の 1 つとなる可能性が高いです。
Azure Quantum Elements は、量子コンピューティングの最終形態を見据えて、化学と材料科学の研究のために設計されたクラウド コンピューティング システムを提供しており、すでにこの種のモデル、ツール、ワークフローの開発に取り組んでいます。
これらのモデルは将来の量子コンピューター向けに改良されるでしょうが、すでに従来のコンピューターを使用した科学的発見の進展に役立っています。

現実世界での進捗を評価するため、Microsoft Quantum チームは、私たちの生活のどこにでもあるもの: 電池の材料に焦点を当てました。

■AI に材料科学を教える

マイクロソフトはまず、実行可能なすべての要素を高度に評価し、組み合わせを提案するために、さまざまな AI システムを訓練しました。
このアルゴリズムは、3,200 万もの候補を提案しました- このままでは途方に暮れるような作業です。
そこで次に、AI システムは安定した材料をすべて探し出しました。
1 つの AI ツールは反応性に基づいて、もう 1 つの AI ツールはエネルギー伝導の可能性に基づいて、候補となる分子をフィルタリングしました。

このアプローチの目的は、仮説上可能性のある候補すべてを見つけることではなく、良質なものの大部分を見つけ出すことです。
マイクロソフトの AI 技術は、3,200 万の候補から主に新しい安定した材料約 50 万に絞り込み、さらに 800 まで絞り込みました。

Azure Quantum Elements のプロダクトリーダーであるネイサン ベイカー (Nathan Baker) は、次のように述べています。

「シミュレーションの各ステップで量子化学の計算を実行する必要がありましたが、代わりに機械学習モデルを呼び出しています。
そのため、シミュレーションから得られるインサイトや詳細な観察結果はそのまま得られますが、シミュレーションは最大で 50 万倍速くなります。」

AI は迅速な結果を提供しますが、100% 正確ではありません。次のフィルターセットは HPC を使用しました。
これは高い精度を持っていますが、大量の計算能力を必要とします。
そのため、HPC は候補となる材料が少ない場合に有用なツールとなります。
最初の HPC 検証では、密度汎関数理論を用いて、各材料のエネルギーをそれが存在しうる他のすべての状態に対して計算しました。
続いて、AI と HPC を組み合わせて分子動力学シミュレーションを実施し、各材料内の原子と分子の動きを分析しました。

このプロセスにより、候補は 150 に絞られました。
最後に、マイクロソフトの科学者たちは、HPC を使って各材料の実用性 (入手可能性、コストなど) を評価し、リストを 23 まで絞り込みました。
その中には、すでに知られていた 5 つの材料も含まれています。

この AI と HPC の組み合わせにより、最も有望な材料候補の発見には、わずか 80 時間しかかかりませんでした。

HPC は計算時間の 10% を占め、しかもそれはすでにターゲットとされた分子のセットに対して行われました。
スーパーコンピューターを導入している大学や研究機関でも、この集中的な計算がボトルネックとなっています。
スーパーコンピューターは特定の分野に特化していないだけでなく、共有リソースであるため、研究者は順番を待たなければならないこともあるからです。
マイクロソフトのクラウドベースの AI ツールは、こうした問題を緩和します。

■幅広い用途とアクセシビリティ

マイクロソフトの科学者たちは、AI を活用して選別作業の大部分を行いましたが、その作業は全計算時間の約 90% を占めました。
その後、PNNL の材料科学者たちが、候補となる材料を半ダースに絞り込みました。
マイクロソフトの AI ツールは、電池システムだけでなく、化学全般に対応しており、あらゆる種類の材料研究に使用できます。
これらのツールはクラウド上にあり、いつでもアクセス可能です。

「クラウドは研究コミュニティへのアクセシビリティを向上させるための大きなリソースだと考えています。」

と、エイブラハムソン氏は述べています。

現在、マイクロソフトは、化学に特化した Copilot と AI ツールを提供しています。これらは一緒になって、干し草の山から針を引き出す磁石のような働きをし、科学者がどこに焦点を当てるべきかわかるように、さらなる探索の対象となる候補を絞り込みます。

「私たちが目指すビジョンは、私が望む属性を持つ新しいバッテリー化合物のリストを求められる生成材料です。」

と、ベイカーは述べています。

プロジェクトは現在、実地段階にあります。
材料は合成に成功し、機能するプロトタイプのバッテリーに変換され、実験室で複数のテストを受ける予定です。
商品化される前のこの段階では、材料作りは職人技です。
PNNL の材料科学者であるシャノン リー (Shannon Lee) 氏は、最初のステップの 1 つは、材料の固体前駆体を取り、乳鉢と乳棒を使って手で砕くことだと説明します。
その後、水圧プレスを使用して材料をダイム形状のペレットに圧縮します。
このペレットを真空管に入れ、摂氏 450 度から 650 度 (華氏 842 度から 1202 度) に加熱し、酸素や水が入らないように箱に移し、粉砕して分析用の粉末にします。

この材料の場合、 10 時間以上のプロセスは「比較的早い」とリー氏は言います。

「時には、1 つの材料を作るのに 1 週間から 2 週間かかることもあります。」

その後、何百もの作動する電池を、何千もの異なる充電サイクルやその他の条件下でテストし、その後、商業利用を実現するために異なる電池の形状やサイズをテストしなければなりません。
ムルゲサン氏は、化学や材料のデジタルツインの開発を夢見ています。

「研究室に行ってこの材料を組み合わせて電池を作り、テストする必要がなくなります。
『これが陽極で、これが陰極、これが電解質で、これくらいの電圧をかける』と言えば、すべてがどのように機能するかを予測することができます。
例えば、1 万サイクルと 5 年間の使用後、材料の性能はこのようになるというような細かいことまで予測できるのです。」

マイクロソフトはすでに、科学的なプロセスの他の部分を加速させるデジタル ツールの開発に取り組んでいます。

長い伝統的なプロセスとして、リチウムイオン電池が挙げられます。
リチウムは 1900 年代初頭に電池成分として注目されましたが、充電可能なリチウムイオン電池が市場に出回ったのは 1990 年代に入ってからでした。

今日、リチウムイオン電池は、携帯電話から医療機器、電気自動車、人工衛星まで幅広く使用されていて、ますます私たちの世界を動かしています。
米エネルギー省によれば、リチウムの需要 https://www.energy.gov/sites/default/files/2021-06/FCAB%20National%20Blueprint%20Lithium%20Batteries%200621_0.pdf?ref=the-ev-universe は 2030 年までに 5 倍から 10 倍に増加すると予想されます。
リチウムはすでに比較的希少で、それゆえに高価です。また、採掘は環境的にも地政学的にも問題があります。
さらに、従来のリチウムイオン電池は、発火や爆発の可能性があり、安全性にも問題があります。

多くの研究者が、リチウムと電解質として使用される材料の両方について、代替物を探しています。
固体電解質は、その安定性と安全性において有望視されています。

■驚くべき結果

PNNL の科学者たちは現在、リチウムとナトリウム、および他のいくつかの元素を使用した新たな材料をテストしており、リチウム含有量を最大 70% も削減しています。
まだ初期段階で、正確な化学構造は最適化が必要な上、大規模なテストでうまくいかない可能性もあると、エイブラハムソン氏は警告しています。
彼は、ここでのポイントは、この特定の電池材料についてではなく、どれだけ迅速に材料が特定されたかにあると指摘しています。
また、科学者たちは、この演習自体に大変価値があり、いくつかの驚くべきことを明らかにしたと述べています。

AI によって導出されたこの材料は、固体電解質です。
理想的には最小限の抵抗で、イオンは電解質を通って陰極と陽極の間を行き来します。

ナトリウムイオンとリチウムイオンは同じような電荷を持ちながらサイズが異なるため、固体電解質システムで一緒に使用することはできないと考えられていました。
固体電解質材料の構造的な枠組みは、2 つの異なるイオンの動きを支えることができないと仮定されていたのです。
しかし、テストの結果、ムルゲサン氏は、「ナトリウムイオンとリチウムイオンが互いに助け合っているようだ。」と述べています。

この新しい材料には特典があり、ベイカーによれば、その分子構造には、両方のイオンが電解質を移動するのを助けるチャンネルが自然に組み込まれています。

新しい材料の研究は初期段階ですが、

「長い目で見て実用的な電池になるかどうかに関わらず、実用可能な電池化学を発見したスピードはかなり説得力がある。」

とエイブラハムソン氏は指摘します。

さらなる発見の可能性はまだあります。
ムルゲサン氏と彼のチームは、マイクロソフトのモデルが示唆した他の新しい材料候補のほとんどを、まだ作成してテストしていません。
マイクロソフトとの協力関係は続いており、PNNL の計算化学者たちは、化学や他の科学出版物について訓練された Copilot を含め、新しいツールの使い方を学んでいます。

エイブラハムソン氏は、次のように述べています。

「マイクロソフトと PNNL は、科学的発見を加速するために持続的な協力関係を築いています。
そして、このような計算のパラダイムシフトの力をパシフィック ノースウェスト国立研究所の特徴的な強みである化学と材料科学にもたらします。」

エイブラハムソン氏は、さらに続けます。

「我々は、人工知能モデルが成熟する一歩手前に立っています。
人工知能モデルを訓練し、有用なものにするために必要な計算能力、そして特定の科学領域で特定の知識を持つ人工知能を訓練する能力が求められています。
我々は、これが新しい加速の時代を切り開くと信じています。
なぜなら、これらの課題は世界にとって重要だからです。」

●本ブログの詳細につきましては、日本マイクロソフト広報資料サイトをご覧ください。
https://news.microsoft.com/ja-jp/features/240110-how-ai-and-hpc-are-speeding-up-scientific-discovery/

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