タイトル未定とRingwanderungがTIF2022で本当に戦ったもの
3年ぶりに8月の開催となったTOKYO IDOL FESTIVAL、通称TIF2022が終了した。
今年は昨年と比べるとコロナによる規制も少しは和らぎ、あの頃の景色が戻りつつあることにどこか懐かしさを感じつつ、そして変わらない自分のオタクっぷりに呆れ半分嬉しさ半分、そんな人も少なくなかっただろう。
今年のTIFのトピックといえば、
HOT STAGEの入場制限により、「=LOVE」や「≠ME」などが目当ての観客が炎天下で何時間も待機した挙げ句、結局会場に入れず
VTuberらの出演するバーチャルTIFのステージが、SKY STAGEと同じくエレベーターで上った先にスクリーンを設けて開かれたため、わざわざ現地で見る理由がなくほとんど観客がいない
直前に同じくお台場で開かれた「アイドル博」で熱中症が多発してイベント打ち切りとなった一方、TIFは3日間ほどよい気温と天気で無事開催
初期メンバーの全員卒業が決まっている「まねきケチャ」、解散が決まっている「26時のマスカレイド」が、最終日のSMILE GARDEN大トリで万感のライブ
など、良い話題も悪い話題も含めてさすがTIFという盛り上がりを見せた。
個人的には、「夏スパガ」を掲げて最高のセットリストでTIFを熱くしてくれた「SUPER☆GiRLS」にMVPをあげたいと思う。
さて、そんな世界一のアイドルの祭典TIFだが、今年のTIFで最も躍進を遂げたグループをご存知だろうか。
それは、「タイトル未定」である。
初めて知る方には一瞬ややこしいかもしれないが、「タイトル未定」というグループ名のアイドルが存在するのだ。
北海道からやってきた「タイトル未定」
タイトル未定は、2020年に結成された北海道を拠点とするアイドルグループである。
特徴としては、
北海道の大自然を感じさせるような、牧歌的で心に響く楽曲
TIFカラオケバトルでも優勝した冨樫優花をはじめとして、歌唱力表現力にも定評がある
北海道を拠点としながらも、精力的に東京などへの遠征を行っている
プロデューサーは「26時のマスカレイド」を初期にプロデュースしていた”ついま”こと松井広大
といった感じで、「コロナ禍のデビュー」かつ「アイドル文化の根付きにくい北海道が拠点」という、売れる上でのある種のハンデを抱えながらも、本人たちの努力と才能、またプロデューサーの手腕によって、ハンデをむしろチャンスに変えてきたアイドルである。
特に、「北海道のアイドルが、地元のことをまず一番に大切にしつつ、同時に東京で苦労しながらも人気を広げていく」という成長ストーリーが共感を集め、日に日にファンを増やしている。
かくいう筆者もタイトル未定のファンであり、先日は北海道で開催されたワンマンライブのために東京からわざわざ遠征をしたほどである。
個人的に思うタイトル未定の魅力は、楽曲の良さや歌唱スキルはもとより、メンバー達の感情がまるで産地直送かのように新鮮に、強烈に届くところだ。
北海道から本気で売れてやるんだというメンバーの強い意志と、その気持ちをストレートにぶつけられるような歌詞、東京でややマンネリ化した対バンをこなすグループと違い一回一回のライブに懸けたくなるようなシチュエーションでのライブ、それらを用意して感情表現を引き出そうとする運営、こういった要素がうまく噛み合っていて、タイトル未定のライブを見た人は必ずと言っていいほど感情を揺さぶられるのである。
タイトル未定が叶えた”夢”
そんなタイトル未定だが、このTIF2022では「メインステージ争奪戦」という企画に参加していた。
メインステージ争奪戦とは、その名の通りTIFのメインステージであるHOT STAGE(Zepp Divercity TOKYO)でライブが出来る権利を賭けて、TIF初出場のグループから選ばれた新進気鋭の8組(決勝戦では4組)がライブをして観客投票などでの順位を競う企画である。
過去には「26時のマスカレイド」などが優勝を果たし、それをきっかけに爆発的な人気へとつながったことから、ライブアイドル界ではこのメインステージ争奪戦に優勝することは非常に大きな価値がある、と思われている。
そのため、出場が決まったグループの運営やオタクは、あの手この手でなんとかグループを勝たせようと躍起になるというのが常である。
タイトル未定は、その中でも特に”本気”であった。
まず、タイトル未定はTIFおよびメインステージ争奪戦への出場が公開された瞬間、なんと地元商店街のビジョンでプロモーションビデオを放映していたのだ。
通常、ライブアイドルの告知はほとんどがTwitter上で行われるし、その告知に添えられるのはイベントのフライヤーか、せいぜいメンバーのコメント動画程度だ(それがあるだけでもかなり嬉しいが)。
しかしタイトル未定は、プロモーションVTRを作った上に、それを広告費をかけて屋外ビジョンで放映したのである。
さらに、その告知が公開になる場所と日時を事前に告知し、いわば”告知の告知”を行うことで、ファンの人を商店街のビジョンまで赴かせていた。そこでTIF出場を知ったファンは、普通に知るよりも遥かに大きな感動を胸に、メインステージ争奪戦へのやる気にスイッチが入ったことだろう。
他にも、全国ツアーがTIFの一週間前にファイナル公演を迎えるようなスケジュールで組まれていたのも、TIFに向けてのチームの一体感を醸成していく上では非常に重要な役割を果たしていたといえる。
このツアー自体は、まだTIFへの出場発表がされていないタイミングで決まっていたものではあるが、おそらくTIF出場を目論んでのことだろうから、その用意周到さにも頭が下がる。
このように、タイトル未定チームはファンやメンバー自身をやる気にさせ、ストーリーを作り上げていくことに非常に長けているチームであった。
また、北海道のアイドルという都合上、どうしてもファンも遠征が多くなってしまうことから、旅行会社と協力して遠征パッケージをお得に販売するといった、ビジネス面での工夫も見られた。決勝の審査項目の一つである壁紙ダウンロード数を伸ばすためのキャンペーンも、北海道旅行を景品として行うなど、抜け目がなかった。
そういった一つ一つの要素を作り込み、それらを全て「TIFのメインステージに立つ」という一つの目標に向けて集約していくことによって、タイトル未定チームは非常に強い団結力を持つこととなったのである。
そしてもう一つ、タイトル未定の一番の武器とも言えるものがある。
それは、「言葉」だ。
タイトル未定はこのTIFメインステージ争奪戦を、「これまで北海道のアイドルがTIFのメインステージに立ったことは一度もない」という歴史に着目して、これはその歴史を変える戦いである、というキャッチコピーをつけていた。
ことあるごとにTwitterの公式アカウントではこのキャッチコピーを使っていたし、メンバーも直接このコピーは言わないにせよ、それに類するような言葉でTIFへの想いをぶつけていた。
こういったシンプルなキャッチコピーは、ことアイドルにおいては非常に重要な役割を持つのだ。
アイドルというのは文脈、ストーリーを応援する側面が非常に奥深く面白い、だからこそ一度深みにはまると抜け出せなくなる。一方で、そういった文脈はパッと見ただけでは読み取ることができないため、なかなか新たに知った人には届きにくいものである。
しかしそれが、シンプルなキャッチコピーのおかげで一見さんでも大事な文脈を理解することができ、軽率に興味を持ちやすくなるというわけだ。一度興味さえ持ってしまえばこっちのものである。あとはその溢れんばかりの魅力に気付き、ズブズブと沼に落ちていくだけだ。
また、タイトル未定は歌詞も非常にストレートな言葉で綴られており、歌を聴いただけでそういった文脈を感じられるようになっている。
この『綺麗事』という曲の歌詞は、全アイドルソングの中でも一、二を争うほどに大好きな歌詞だ。
というのも、自分がアイドルに求めている哲学が詰まっているからである。
どうしても現実を見て生きていかなければいけない世の中、高い理想や夢を語ることは”綺麗事”であるとしてバカにされてしまったり、自分で言うのも恥ずかしかったりする。そしてその傾向はこと日本という国では強いものだと思う。
しかしアイドルというある種の”理想”の世界の中では、そんな綺麗事を言ってもバカにする人は途端に少なくなる。きっと日本人も、内心ではそんな綺麗事を心の底から言えるような場所に飢えているのだろう。
だからアイドルには、ひたすら綺麗事と笑われるかもしれないようなことを言い続けて、夢を追い求め続けていってほしい。そして、それを一緒に応援しているファンを経由して少しずつ社会に変化を与えて、世の中全体でも綺麗事を言いやすくなってほしい。そうすればきっと、この世界はもう少し生きやすくて笑顔の溢れたものになると思う。
タイトル未定は、まさにそういった活動をしているグループだと思うし、それを体現しているのがこの歌詞なのである。
そしてこの歌詞。「心を言葉に」である。
タイトル未定のメンバーは皆、それぞれモチベーションの源泉は違うところにあれど、本当に強い気持ちを持ってアイドル活動をしている。そしてそのアイドルに賭けている気持ちを、歌詞にも載せて届けてくれるし、それだけでなくライブでのMCや特典会、SNS、noteなどでもしっかりと言語化して届けてくれるのだ。
結局ファンの心を一番動かすのは、メンバーの感情である。
その感情は、もちろんパフォーマンスでも伝えることは出来るし、普段の活動への向き合う姿勢によって裏打ちされるものでもあるが、やはり言語化されることで一番伝わるのである。
夢とは叶うためにあるから、綺麗事だって言い続ける。
届けたい唄があるから、心を言葉にして伝える。
こうしてタイトル未定は、予選最下位通過という逆境も乗り越えて、メインステージ争奪決勝戦を全項目1位という圧倒的な強さで優勝した。
掴み取ったメインステージでのライブは、心の底からの喜びに溢れていた。
それ以外のTIFのステージでも素晴らしいパフォーマンスを披露し、一躍「タイトル未定」の名はアイドル界に広まることとなった。
しかしきっとそれはあくまで目標としていた通過点の一つで、タイトル未定はまだ何の夢も叶えていないのだと思う。
そもそもタイトル未定の”夢”とは何か、これはハッキリしていないからだ。
何者かになろうとしなくていい。
何者でもない今を大切に。
そんなコンセプトをかかげるタイトル未定の”今”を、叶わない夢を追いかけ続ける遠い道程を、これからも共に歩いていきたい。
ユニコーンアイドル「Ringwanderung」
そんな躍進を遂げたタイトル未定の一方で、メインステージ争奪決勝戦で残念ながら勝つことができなかった、物凄いグループがある。
それが「Ringwanderung(読み:リングワンデルング、通称:リンワン)」であり、筆者が一番に応援しているアイドルだ。
Ringwanderungの特徴は、
歌が上手い
すごく歌が上手い
あまりにも歌が上手い
・・・まあこのグループについては直接見てもらった方が話が早いだろう。
もう少ししっかり紹介すると、
鍵盤ロックを標榜し、オシャレで今風なサウンドの楽曲が中心
”口から音源”という表現があるが、もはや音源よりも生歌の方が上手いというくらいに、5人全員の歌唱力がずば抜けている
上手いだけでなく、アニメ声の花琳ちゃんやミュージカル風の陽凪ちゃんなど、歌声にも個性があって、聴いていて耳が喜んでしまう
ライブにとにかく命を懸けていて、特にみょんちゃんの圧がすごい
いわゆる”楽曲派”として見られるが、楽しい曲も多く可愛い曲もあって、メンバーの表情も豊かなため、ライブパフォーマンスを見て得られる満足感はアイドルど真ん中
というようなグループである。
贔屓目もいささか入っているかもしれないが、いわゆる地上アイドルを含めたとしても、演出を無視したライブパフォーマンス単体だけでの”強さ”で言うならばNo.1を争える位置にいるのではないかと思う。
そんなRingwanderungだが、圧倒的なパフォーマンスとは裏腹に、その活動は順風満帆とは言えないものだった。
デビューはコロナ禍直前の2019年12月。デビュー直後はライブ本数も非常に少なく、すぐコロナ禍に突入してしまったため、ほぼコロナ以後のアイドルと言っていい。
ようやく少しずつ活動が安定してきた2020年11月には、メンバーへのマネジメント方針などをめぐり所属事務所と対立。プロデューサー1人とメンバー5人で独立し、以後の活動はフリーで行っている。
その後も、事務所の人的・資金的バックアップが無い中での活動となっており、まもなくデビューから3年が経とうとしているが未だに一本のMVも作られていない(2022年8月時点)。
しかし、プロデューサー・メンバー共に非常に誠実な人柄であり、そのパフォーマンスレベルの高さと合わせて界隈からの評判は非常に高い。そうして業界の様々な人の助けを借りながら、パフォーマンス一本でのし上がってきたグループなのである。
そんなユニコーン(一角獣)のようなアイドルRingwanderungがようやくたどり着いた大舞台、自分たちのリソースだけでは手にできないような千載一遇のチャンスが、TIF2022、そしてメインステージ争奪戦であった。
Ringwanderungが目指す”頂”
メインステージ争奪戦の結果は先に述べたとおりで、タイトル未定が優勝し、Ringwanderungは勝つことができなかった。
この結果は、争奪戦のルール上どうしてもチケットを大量に確保できたグループが優位になってしまうため、ライブの前から半ば決まっていたものではある。
きっとその差は、アイドルとしてのビジョンを明確に持ち、ストーリーを作り出して気持ちを言語化することに長けていたタイトル未定がファンの一致団結を生んだのに対して、パフォーマンス一本でそれに立ち向かったRingwanderungは、ファンの”絶対に勝たせてあげたい”という気持ちを作り出しきれなかったところにあると思う。ここでは深掘ることは避けるが、そもそも元々ついているファンのアイドルオタクとしての性分にも差があっただろうな、とも考えている。
ともあれ、勝たせてあげられなかったことは、いちファンとしては本当に申し訳ない気持ちである。
だが、Ringwanderungが仮にタイトル未定と同じようなやり方をしようとしても、おそらく結果はそう変わらなかったのではないか。
個人的には、アイドルにかける気持ちを熱く語ってくれるアイドルが好きだし、それを一つの目標に向けて集約させていく、ベタベタな”エモい”ストーリーは大好物である。
しかしきっと、Ringwanderungはそういうのが得意なグループではない。
Ringwanderungはどこまでも不器用で、どこまでもお人好しな、どこまでも真っ直ぐなグループなのだ。
個人的にRingwanderungのパフォーマンスの中で印象的なシーンの一つに、佐藤倫子の煽りがある。
TIFでこういった煽りがあったが、普段のライブでも佐藤倫子はよく「遊びましょう」という表現を使った煽りをする。
メインステージ争奪戦で負けた際のコメントも、「楽しかった」という言葉がとても強調されていた。
Ringwanderungは、とにかく「楽しいライブを届ける」、このことをひたすらに考えて活動している。
そのためにパフォーマンスを磨き上げる。
きっとそれ以外のことは考えられないくらいに。
そして、その一点突破だけで本当に売れてしまえるほどに、大きな魅力を持っているグループだと思う。
本当はもっとうまいプロモーションなどができれば、より早く”売れる”ことは出来るのかもしれない。
しかしたとえ時間がかかったとしても、愚直とも言えるほどに真っ直ぐに良いライブをやることだけを考えて、少しずつ仲間を増やしていく。
間違いなく、そういった売れ方が出来るグループである。
このメインステージ争奪戦では、一気に頂上に登ることはできなかった。
しかしRingwanderungは必ず、「極上のパフォーマンスで楽しいライブを届ける」という部分において、これからも少しずつアイドル界の頂を目指してくれるだろう。
いつの日になるか分からないが、山頂からの景色が楽しみでたまらない。
タイトル未定とRingwanderungが本当に戦ったもの
順位において明暗分かれた両グループではあるが、きっとこれから先、より人気なグループになっていくことは間違いない。
そしてそこには、アイドル界にとっても大きな意味があると思う。
アイドル戦国時代という言葉が使われてから早10年以上。
今では本当に数多くのアイドルが存在しているが、数が増えた分、一グループ(一人)あたりのファンの数はどうしても少なくなってしまっている。
特に坂道グループが多くのファンを抱えており、地上と言われるようなグループも含めてライブ中心の活動をしているアイドルは、本当に小さいパイを取り合わざるを得ない状況だ。
結果として、最近のライブアイドル界は「部分最適」、すなわち「少しでもいいから目の前のファンを囲んで離さないこと」が重視されるようになったと感じる。
いつも似たようなメンツの対バン(=界隈)でライブをして、その中で好かれるような曲をやって、特典会などでの”接触”の濃さを重視してファンとのエンゲージメントを高めて、、といった具合である。
仮に「全体最適」、すなわち万人から好かれるようなアイドルを目指そうとしても、結局その世界では上には上がいて限界があるのだから、端から万人に対して売れることを諦めて活動する。
特に、「楽曲派」とかいう言葉によってラベル付けされ、そのラベルのみで判断して片方はもう片方を見ようともせず、アイドル界が分断されている状況は本当に勿体ないと思う。
もちろん全てのアイドルが売れるわけではないので、長く自分たちのやりたい活動を続けるためにそういった戦略を取ることは、全く間違っていないと思う。
しかしもう少し、真っ直ぐ万人に対して広く売れることを目指すライブアイドルがいたっていいし、そしてそういったアイドルの中でも”良い”アイドルがちゃんと売れるようなアイドル界であってほしいと、切に願う。
そういう意味で、どちらかというとこれまで「楽曲派」というラベルを貼られてきたRingwanderung、タイトル未定が、このTIFをきっかけとしてアイドル界のメインストリームに殴り込んでいくことが出来れば、そして広く愛されるようなグループになることが出来れば、それは2020年代のアイドル界自体を良い方向に変えられると信じている。
良いものは良い。好きなものは好き。
そこにはどんなラベル付けも、誰のお墨付きもいらない。
TIF2022、アイドル維新革命の始まりである。
この記事では到底語りきれなかった、Ringwanderungとタイトル未定の溢れんばかりの魅力は、ぜひ両グループのライブに足を運んで目にしてもらいたい。
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