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子育てをもっと楽しく自由にできないか!?

 この30数年、小児科医として働きながら外来や乳児健診を通じて、たくさんのお父さんやお母さん、子ども達と出会ってきた。この間、私たちの社会はどんどん様変わりして、子どもや家庭を巡っても、共働き世帯が増えたり、SNSが日常生活に深く浸透してきたりと、大きな影響が生じている。

 中でも、最近は育児に疲れているお母さんがまたまた増えている様に感じられるが、そこにはコロナ禍で生活に大きな影響が及んだことや、物価はどんどん上がるのに、それに対して賃金上昇は一向に追いつかず、それが子育て世代を直撃している、などと言う現実的な問題だけではなく、もっと根深い「闇」が拡がっているように思う…と言うと大げさかも知れないが……

 人間は「哺乳類」と言う種類の生き物だ。
 哺乳類とは、自分たちの子どもを雌のおっぱいで育てる事を特徴とした生き物で、その点において、そもそも雄に比べて雌の負担が重いと言う現実がある。
 モチロン、私たち人間も、その理から逃れる事ができない。それ故に、私たちは様々な仕組みを駆使して、女性の感じる「子育ての負担感」を減らす努力をしてきた…のではあるのだけれど…

 最近では行政も男性の育児参加を促したり、実際に育休を取得して育児に積極的に参加する男性も増えてはいるものの、その一方では、私たちの社会には「男は仕事、家事・子育ては女の仕事」と言うジェンダーバイアスがまだまだ根強いのも現実。

 さらに加えて、子産み・子育てにまつわる様々な「神話」の存在が、社会に根深い「常識」が変わる事を阻んでいる様だ。

 子産み・子育てには「自然分娩神話」、「母乳育児神話」、「布おむつ神話」、「手作り離乳食神話」などなど……ことある毎、あらゆる事に「こうあらねばならぬ」と言う原則(?)が存在しているが、実はこれらの言説のほとんどは確たる根拠のない、言うなれば、誰とは言わず、昔から言い伝えられてきた「神話」の様なものだ。
 それが昨今、再びSNSと言う新しい拡散ツールを介して、まことしやかに拡がっている。

 中でも根強い神話として有名なのが「3歳児神話」だろう。
 「子どもは3歳になるまで、母親が世話をするべきだ」と言うこの言説は、戦後の高度経済成長の時代、専業主婦が増えた辺りから拡がり始めたと言われているが、その後時代の変遷とともに紆余曲折を経ながら平成、令和となった今なお、子どもを保育園に預けて働く母親を非難し、追い詰める原因となっている。

 「3歳児神話」の登場については、元々は外国の有名な発達心理学者の研究結果を誤読した事から始まったと言われているが、その内容が、社会の通念にあたかも科学的な根拠を与えた格好となって拡がってしまった。

 実は厚労省は1998年の厚生白書で「母親が育児に専念する事は歴史的にみても普遍的なものではない」、「たいていの育児は父親でも可能」とし、「3歳児神話」には合理的な根拠がないと、否定的見解を述べているし、その後も数多く行われている子どもの発達に関する多くの研究でも、「三歳児神話」には意味のない事が示されている……のにもかかわらず。

 が、しかし、根拠や意味があろうとなかろうと、そう言われてしまえば気になってしまうのが「神話」の厄介な所だ。

 子どもが成長し、力強く生きて行く力を育んで行くためには、子どもを取り巻く多くの環境や生活習慣が決め手となる事が明らかになっており、実のところ今では、親の育て方が子どもの人生を決めてしまう事などない、とまで言われている。ましてや「3歳まで」、「母親」のみの関与が、子どもに重大な影響を与えるなんて事があろうはずもない。

 人間は集団社会を作る事で生存競争を生き抜いてきた生き物だ。子どもの成長にとって必要な事は、その子の年齢に応じた生活習慣を身につけ、共に成長して行く仲間と出会う事。親が子どもを思い通りに育て上げる事ができる、なんて言う考えは幻想に過ぎない。

 それでも親としてできる事があるとしたら、それは子ども達が周囲の人たちの愛情を感じつつ暮らし、家庭を離れて仲間と出会い、ともに成長して行ける、そんな環境を作る事…かも知れない。

 両親は子ども達に自分の経験や知識から、もっと自由に、肩の力を抜いて、教えられる事を教えてあげれば良いのではないか。

 子ども達がどんな人間に育つのか…は、少なくとも親の「育て方」が反映されたものではない。だから、子育てに失敗も成功もない…んじゃないだろうか。
 そもそも、子どもだけでなく、親だって自分が「完璧な人間」だなんて自信を持って言える人はいないワケだし、そろそろ、自分でもできない事を子ども達に押し付けるのはやめにしよう。

 そうすれば、もっと気を楽にして、子ども達のガチャガチャに付き合いながらも、日々の子育てに困難さを感じる事や疲れ果てる事も少なくなるのではないだろうか。

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