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短編『軌跡一路〜ある剣士の決意〜』の制作裏話

 短編『軌跡一路〜ある剣士の決意〜』は、長編ファンタジー小説『風は遠き地に』の番外編としては6作目に当たる、約15800文字の物語です。
 舞台は本編『風は遠き〜』の約4年前、剣士・驃(しらかげ)が22歳の頃のエピソードが綴られています。
 さて。
 番外編の中では、現時点で一番の大作となったこのお話について、ネタバレも含みますので、既読、あるいは気にしない方はそのまま読み進めて頂くとして、「待って。ちょっと読んでくるっ!」という方は、以下のリンクより、お好きなサイトでお読みになってから、また来てくださいね。

『軌跡一路〜ある剣士の決意〜』掲載場所
✏️小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n3047ij/ 
✏️カクヨムhttps://kakuyomu.jp/works/16817330662047610232 
✏️pixiv https://www.pixiv.net/novel/series/10845970 

その場面は、突然降ってきた

 驃(しらかげ)は、『風は遠き地に』での登場時には26歳で、すでに左頬と右肩に裂傷痕がありますが、この傷はいつ付いたもの? というのは、キャラクター設定時から作者も謎でした(ぇ)。
 私の場合、キャラクター設定の段階では、誕生日の設定もないくらいのざっくり感で、見た目と、物語での立ち位置などから入って行きます。作るというより、見えてくる、に近いかも。
 驃も当初は、魔術剣士イルギネスの同僚であり親友、というくらいしか決めておらず、なんとなく、見た目も中身もイルギネスと正反対の方がキャラの書(描)き分けがしやすいだろう程度の気持ちでいて、顔の傷痕は、端正な顔立ちのイルギネスとの対比で自然に描いていたという、実に大雑把な理由です。
 でも、フィクションで、自創作の世界とはいえ、人に歴史ありなんですよ。作者である私も、「この人、この傷いつ付いたんだろう?」と、たまに聞かれるのもあってだんだん気になってきました。それである日、降りてきたのがこんな場面。

「俺の……顔……どうなってる?」
イルギネスが、ぐっと、口元を噛み締めた。彼は、言葉を探しているようだった。
「大丈夫だ……ちゃんと付いてるよ」

 ちょっとイルギネス! 「ちゃんと付いてるよ」じゃないでしょっ!! 仲間が大怪我してるのにっ!!
 ……なんだけど、これは、長年の親友であるイルギネスだからこそのセリフなんですね。
 驃とイルギネスは同期。最初こそ性格が反対すぎてどっちもが「イケすかねえ奴」くらいに思っていたのが、いつの間にか良きライバル同士、唯一無二の親友に発展した間柄です。だから、驃が人生最大の大怪我を負った時も、そばにいただろうなというのは、自然に浮かびました。
 イルギネスは、驃の顔が酷い状況なのを目の当たりにし、自分もショックを受けながらも、満身創痍の驃に、これ以上の苦しみを与えないよう、先のセリフになるのです。
 片や、驃は非常にプライドが高く、簡単には人に弱みを見せない性格。でも、イルギネスにだけは別で、例えば本当は雷が怖い、なんて一面もイルギネスは知っていたりします(笑)。だからこそ、瀕死の大怪我を負っても後輩の前では戦い抜いた驃が、イルギネスの姿を見た途端、一気に緊張の糸が切れる。イルギネスはそれを、いいんだよと精一杯労う気持ちで受け止めるのです。
 冒頭から激しく痛い今作ですが、ここの驃のオンオフで、初見の方にも二人の絆が伝わるといいなと思いながら書いていました。

剣の猛者もさすがに凹む大きな怪我

 瀕死の状態からなんとか復活し、やっと目を覚ました驃(しらかげ)ですが、顔と肩の裂傷だけでなく、岩壁に叩きつけられたりもしていたので、全身に大小の怪我を負い、起き上がることすらままならない状況に、早速気分が落ち込みます。もちろん、そんなことは外には漏らさないんだけど、内心は、彼にしては過去最高に凹んでいるわけです。
 これね、自分も全身麻酔(子宮筋腫)や半身麻酔(帝王切開)で身体にメスを入れて分かったんですが、切った後は本当に痛いんですよ。もちろん痛み止めも処方してもらえるんだけど、それでも身体は深く切れてるんで、謎に発熱するし、もうとにかくシンドイ。
 怪我について言うと、それ以外にも、遥か昔は足の親指の裏に魚の目が出来たのを取るのに切って縫われたり、昨年秋には自転車ですっ転んで、今も傷痕が残るほど肘をえぐったりと、なかなか嫌な経験があるんですが、こういう経験が、驃の怪我の描写に役立ったのは、文字通り怪我の功名?(違うそうじゃない)
 でも、痛いのはやっぱり精神を削るんですよ。加えて彼の場合、よく目立つところ=顔に大きな傷を負ってしまう。顔の傷は、驃は剣士なんで周りにも事例があるし、カッコいいだろ? くらいに思っている人もいるけれど、いざ自分に付いてしまうと、さすがに辛い。周りの反応を受け、少しの怪我では全く動じない驃も、自分の顔を鏡で見る勇気がなかなか湧いてきません。
 あとは彼の場合、元々地元を出ることに難色を示していた母親が、今回の報せを受けて故郷からやって来ることになり、さらに追い打ちとなります。

母と子の関係性と絆

 驃(しらかげ)は男で、ああいう性格なので、今でこそ母親に対してはなんとなく素っ気ないんですが、兄と姉のいる3人兄弟の末っ子なので、ある年齢までは激しく甘えん坊でした。母からしても、3人目なので可愛くて仕方がなく、最後の育児がまさか15年で終わってしまうなんて、思ってもみなかったわけです。なので、彼が故郷を離れると言い出した時は、心配も心配、賛成などできるはずもなく、けれど息子の熱意に負けて、渋々送り出した。結局、帰って来ることなく、なんとか一人で頑張っている息子の姿に、やっと心の折り合いがつき、安心し始めたところで、大怪我の報告が舞い込む。
 やっぱり行かせるんじゃなかった。そう思いながら駆けつけた先で見た息子の顔は、まだそんなに日数も経っていない事もあり、思った以上に猟奇的な状態。覚悟していたとは言え、母親としての親心が激しく揺らぎます。しかも、顔の傷は一生消えないだろうと言われ、もう、傷のない息子の顔には会えないことを突き付けられる。母親も人間ですから、これが冷静でいられるはずがないのです。元々、気が進まないまま送り出したんだし。一気に、積載していた思いが出てしまう。
 これね。親なら律しろよ、と子育てする前の自分なら思っただろうし、もっと冷静な対応をする母親を書いかも知れない。でも、実際子育てするとね、母親になったからって、そんな、神みたいに常に精神を律して子供に接するなんて無理なんです。そう出来たらいいし、子供に私情をぶつけるなんて良くないって、よく分かっているけど。禅寺で修行した身でもないので…。だからね、私は、時に取り繕えない本心が出ちゃうのは、仕方ないと思うんです。そういう人間味も合わせて、自分の生き様を見せたらいい。でも、私情を不本意にぶつけてしまったなって思ったら、子供相手であっても、というか、子供相手だからこそ、きちんと詫びることも大事だと思います。それもまた、見せるべき姿勢ってことで。

 で。
 息子、驃の方はと言うと、母親が来ると聞けば鬱陶しく思いながら、気が削げている状態なので、やはり顔を見たら、自分で思っていた以上にホッとして、心配をかけまいという気遣いを垣間見せます。ですが、傷を見た母に投げつけられた言葉で、ギリギリ保っていた線が切れてしまう。もう22歳ですから、母だって普通の人間なんだってことくらいはよく分かっているんだけど、やっぱり、他ならぬ親からの否定は、相当に効きますよね…ごめん驃と思いつつ(いきなり親の立場で見てしまう/笑)。
 普段離れているからこそすれ違ったり、思い合えたりする親子関係の描写も、創作を離れている間の一人暮らしや、出産・育児が影響しているなぁとは思います。主には、親目線で見る世界は、イメージしていたのとだいぶ違ったってことですね(笑)。想像でカバーできることも沢山あるけれど、実際そこに立たないと分からないことは、本当に多い。

驃(しらかげ)と朱音(あかね)の恋

 今作のもう1つの柱である、驃(しらかげ)の恋。
 2人は22歳同い年で、付き合い始めてもうじき1年。互いに一人暮らしなので、もう家を行き来し、泊まったりもする仲です。つまり、一線は超えている。
 それだけ深めの付き合いをしているので、お互いにわかり合っている部分もとても多いんですね。でも、分かってきたからこそ、合わない部分も見えてきてしまう。朱音(あかね)は、いつしかそれにうっすら気づいてしまった。なんか苦しいな。でも、ひとまずやり過ごせるから、大丈夫。好きだし、一緒にいたい気持ちの方が大きいし。
 そうこうしているうちに、驃がついに、今回の大怪我に見舞われます。それまでやり過ごせていたことが、これでいきなり限界を迎えてしまう。彼らの貞操観念として、身体も預けている付き合いであれば、ある程度将来のことも頭にあるのが当たり前なので、朱音は一気に不安が押し寄せてきて、思わず、もうこんな危険な仕事はやめてくれと言ってしまいます。このまま一緒になったら、ずっとこの心配と付き合っていかなければならないのだと。さらに、彼の顔の傷は痕が残ると言われ、見た目で付き合ったわけではないにしろ、より一層、どうなってしまうのという不安の方が、彼女には大きくのしかかってきます。
 驃もまた、彼女が必要以上に自分の怪我に反応する性格であることには気づいていました。心配してくれるのは嬉しいし、気持ちもわかるけれど、毎回、自分が怪我をするたびに消耗しすぎじゃないだろうか、という気持ちは片隅にあるわけです。だけど好きなので、ついて来てくれるなら見て見ぬ振りで、やっぱりそばにいて欲しい。でも、今回の大怪我で、もう見て見ぬ振りはできなくなってしまうわけです。
 彼女のために強くなろうと頑張って来たのに、剣士であることが彼女を追い詰める。でも一方で、強くなりたいのは、彼女のためだけではなく、自分の信念として、大陸の安全を守ることに懸けているのだということにも、彼は気づく。彼女とは関係なしに、今の自分には、どうしても剣を置くことはできないのだと。
 
 好きだからこそ、相手をよく見ているからこそ、どんなに一緒にいたい思いが強くても、それ以上に、一緒にはいられないんだと痛感せざるを得ない。
 支えが欲しい時にこんな選択をしてしまうなんて、とも思えるけれど、そんな辛い状況だからこそ、一緒にいればいるほど、寂しくなるものでもあります。嫌いになったんじゃない、好きなままなのに。これは切ないです。でも、好きだから、好きなまま別れたい。驃も朱音も、悲しいかなそこは一致するのです。
 実体験かって? ええ、ちょっとは身に覚えがありますよ(爆)。
 

救うのはやっぱり、気のおけない仲間と仕事

 そんなこんなで、まぁ色々散々な目に遭った驃(しらかげ)ですが、親友のイルギネスは終始変わらぬ態度で彼に接していて、それが驃の救いとなります。
 怪我をした時の驃の姿を目撃し、倒れた彼を受け止めたイルギネスは、驃が想像した通り、彼も全身血だらけになりました。友の血で自分が血まみれになるなんて、そんな壮絶な経験をした後では、顔に傷があろうがなんだろうが、死ななかったならもう、万々歳な感覚なんですね。生きててよかった以外の何ものでもない。
 医師のカイドも、驃が怪我をするたびに診ているので、彼の性格を把握しているし、少し年上なのもあって、余計なことは言わずに、ちょっと離れた立ち位置で驃を見守っています。驃は、カイドに対して一応敬語を使っていますが、二人の間にはあまり上下関係の意識がなく、対等な信頼があるのもあって、時に敬語を忘れたりする程度の仲ではあります(笑)。
 後輩のアディクは無邪気に驃を慕っているしで、結局のところ、驃は周りの仲間に支えられて、己の道を再び歩き始めます。
 そして、剣。
 朱音がいなくなってしまい、それこそ、彼に残されたのは剣の道だけ。彼女との別れがあったからこそ、自分にはこれしかないと気持ちを確かめる機会にもなった。
 でも実は、これで朱音のことが完全に吹っ切れたわけでもなかったりします。
 2ヶ月の傷病休暇を貰えたにもかかわらず、1ヶ月でいいと断った背景には、もう、デートする相手もいなくなったから、という気持ちもあります。下手に時間があると、失恋の痛手を思い出してしまうから、という驃なりの凹み回避なのです。やっぱり、それなりに傷ついているんですよね。
 とにかく剣を振るうことが、今の自分を救う。仕事をしていた方がずっといい。これはあながち、間違っていないよ、驃。(実体験ですね、はい/笑)
 
 とまあ、過酷な時期もありましたが、めげずに乗り越えて進み続けた結果が、『風は遠き地に』本編での、頼もしい兄貴分な26歳の驃に繋がっていきます。
 そんなところも併せて、両方お楽しみ頂けましたら幸いです。

 お時間さいてお読み下さり、ありがとうございました!
 
『軌跡一路〜ある剣士の決意〜』掲載場所
✏️小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n3047ij/ 
✏️カクヨムhttps://kakuyomu.jp/works/16817330662047610232 
✏️pixiv https://www.pixiv.net/novel/series/10845970 

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