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映画『アイリッシュマン』感想と資料、そしてCGシステム解説

昨年公開のマーティン・スコセッシ監督作品『アイリッシュマン』を鑑賞。3時間を超える作品をぶっ続けで見られるのは、今の状況だからこそ、と言えます。しかも、何度も繰り返して史実と照らし合わせながら観る機会にもなっています。本記事は、自分が参照した資料と自分の印象に残ったポイントです。

イントロダクション

一言ログ:あるトラック運転手が裏社会の人間との交流を通じてヒットマン業を営んでしまい、自身の友人との関係や家族の絆が崩壊へと向かう様子を描く一代記。
あらすじ:老人ホームで過ごすフランク・シーラン(ロバート・デニーロ氏)が近代のアメリカにおける裏社会の流れを、自身が悪事に手を染めるきっかけになった瞬間から振り返る。トラック運転手として食肉配達をしていたフランクは、車の修理を行っているときにラッセル・バファリーノ(ジョー・ペシ氏)と出会う。のちに、この男が裏社会でも大物の存在であることが分かり、それまでもマフィアに肉を横流ししていた経緯からフランクは裏家業に手を染めるようになる。みかじめ料の集金から始まり、次第に殺しまで命じられるようになったフランクは、とうとう全米トラック運転手組合の委員長ジミー・ホッファ(アル・パチーノ氏)のチーフボディガードとして雇われるようになり、2人は仲を深めていく。権利を獲得するためには手段を選ばないホッファ、目の前の金にありつくため闇に染まるフランク、火の粉を避けながら裏で手を回すラッセルたちは、当初は利害が一致していたが、次第に事態がエスカレートするにつれて、ターニングポイントを迎える。そこで、ラッセルはフランクにある重大なミッションを課す。

ここから先は、Wikiでどうぞ!すべて書かれています。

見どころポイント(ネタバレ)

すでにご覧になった方には、「今更かよ」って感じだと思いますが改めて!

①3つのタイムライン構成を成立させる微細な編集
②時代に合わせた容姿を作るための若作りCGと特殊メイクと演技
③「閉め切っていないドア」の暗示
④亀裂が次第に大きくなるフランクの家族関係

①に関して。なぜ本作が3時間を超えるほどの尺を持つ意味があるのか、という点にも繋がる気がします。本作は実在したホッファ失踪事件をベースとしていますので、重要参考人であるフランク・シーランがどのような経緯でヒットマン稼業に走ったのか、ホッファ殺害の真相とはどんなものか、以上によって周囲の人間(家族)にどのような影響を与えたのか、という3点をキビキビと伝えようとしたのだと思います。

②に関して。これは次章にて後述。

③に関して。これは下記、宇多丸さんの評も合わせてご覧ください!「閉じ切っていないドア」は随所に現れます。たとえば、暗殺に向かうシーランが銃を用意するのを娘ペギーが見てしまうなど。つまり、このメタファーはシーランが物語の最初から持っていた「危うさ・不安定さ」を表しているのではないでしょうか。そして、ラストでは家族が寄り付かなくなってしまい、ホッファをも自らの手で消してしまい自分で自分を孤独に追い込んだシーランが、司祭に対してドアを開けたままにしておくように言います。これは、過ちを犯した自分をなんとか認める行為のようにも思えますし、孤独に耐えかねている様子でもあるかもしれません。

④に関して。デニーロ氏の演技にやられました。娘のペギーは暴力的な(暴力的に変化した)父親に寄り付かなくなりました。一方で、ホッファには心を開くようになる。見たこともないような笑顔でホッファと接するペギーを微笑ましく「思おうとする」シーランの微妙な表情にグッときましたね。そして、このペギーの猜疑心溢れる眼差しが痛い痛い。ラストまでずっと溜め込んでいた父親への呆れや怒りが発散される時は怒号ではなくて呆れ笑い。それは取り返しがつかないレベルまで家族環境が崩壊したことを指します。

CGによるメイクアップ

登場人物の生涯を描くために俳優陣をリアリスティックに若返らせるCGを施した本作。その精密なクオリティが評価されています。上記はCGを手掛けたインダストリアル ライツ&マジック(ILM)のスタッフによる解説動画。

これまでも役者を若返らせる取り組みは映画の中で存在します。『ベンジャミン・バトン』や『トロン・レガシー』のジェフ・ブリッジズ氏がそうです。しかし、『トロン』では、役者がシール型のマーカーを顔に数十箇所つけたうえで、赤外線カメラ付きのヘッドギアを被って演技を行う必要がありました。そこでスコセッシ監督はやはり役者の演技を阻害しないシステムを求めていたのでしょう。

そのため、ILMはカメラシステム班とソフトウェア開発班の2チームに分かれて「フェイシャルマーカーを必要としない」トラッキングシステムの実装を行いました(1個目の動画参照)。

カメラシステムにおいては、シーン撮影用のカメラに加えて両側に赤外線カメラが2台取り付けられています。演者ではなくカメラ側にトラッキングシステムが備わっているのです。しかし、これは合計3台のカメラを同時にスムーズに操作しなければならない制約をもたらします。なるべくカメラマンの負担にならないよう、カメラ操作のしやすい頑丈なバランス構造や配線構造を模索したようです。

続いて、俳優のアンチエイジングを目指したCGソフトウェアについて。まず、ILMはデニーロ氏、ペシ氏、パチーノ氏3人の過去作をかたっぱしから分析。しかし、膨大な映像データから分かったこととしてそれぞれの役者は作品ごとに違う表情を持つために一貫したルックスを抽出できるわけではない、ということ。そこで、映画『アイリッシュマン』における若かりし3人はどのような顔立ちが適しているかという数学的アプローチというよりかは想像力が試されたのです。

以上を踏まえて、ILMは「メデューサ(Medusa)」と「フラックス(Flux)」という2つのソフトウェアを利用することになりました。

メデューサは、表情のキャプチャシステム。撮影時以外の場で、ひとりずつ俳優陣の表情を特別なスタジオで取得します。その表情データをもとにCGモデルを生成してアニメーションにしていくのです。これはILMが従来のアニメーションCGのパイプラインがなかったために1からCGモデルを作るのではなく、現在の俳優の表情が必要だったということです。

次に、フラックスはFacial(顔の)とlux(光)を組み合わせた名前であり、表情のCGが照明によってどのように変化するか(影やシワの質感など)を再現するソフトウェアです。実際に撮影された表情を先のカメラシステムで取得し、メデューサによるアニメーションを貼り付けた上で、撮影シーンの状況に合わせた光のあたり方の要素をフラックスで付与するのです。

これらによって俳優陣は衣装に数点のマーカーをつけるだけで、顔はマーカーレスでありながらも高品質なCGIテクノロジーによって、見事な若返りメイクアップを手に入れました。

最後に

NETFLIXという市場が可能にした3時間半という長尺、最新のCGテクノロジーによって拡張された俳優の表情の幅、そして長らく培われたスコセッシ監督のいぶし銀な演出テクニックと抜群の構成を持つ脚本。これらがすべて合わさった『アイリッシュマン』は傑作と言わずしてなんというでしょうか。

きっと史実を理解すればもっと面白いのだろうなと思いますが、苦手分野でありここでは割愛します。ですが、下記の記事が良い理解をもたらすでしょう。こちらを参考にしてみて、ぜひ本作の鑑賞に浸ってくださいませ。


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