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蹴球症候群

他分野を通してサッカーを解明し、サッカーを通して他分野を解明する
サッカー、またはサッカー以外の分野から日々何を学んでいて、何に気付いて、何に疑問をもち、どんな風に… もっと詳しく
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2022年2月の記事一覧

「生きる(お金を稼ぐ、税金を払う、社会のピースになる)」ことへのリアリティと幸福

成長した、伸びた、上手くなった、器用になった、できるようになった、向上した……などの「実感」は、幸福に生きるために欠かせない要素なのかもしれません。なんの目的もなしにただ生きているような人でも、「仕事」や「趣味」あるいはその他の「ライフワーク」に情熱(という言葉が適切かどうかは分かりませんが)をもっていないような人でも、その生活を「保つ」=「生きていく」ためには例外なく成長や工夫が必要(それが分かりやすい成長や工夫でなくとも)で、それが生きているということだと思います。 幸

Extraño mucho a Argentina.

個人的なもの、全体からの孤立、分離の感覚が消滅する時——。なぜ人は“観に行く”のか?

やはり舞台芸術の類には、サッカーという「何か」との共通点や類似点を見出さずにはいられません。『芸術としてのサッカー論』で「サッカーとは芸術である」と書いたのも、生身の人間が舞台に上がり、感情や理論をぐちゃぐちゃに織り交ぜながら表現するものを、観客が“参加する”ことで完成する演劇やミュージカル、あるいはサーカスのようなものに、サッカーを重ね合わせたからに他なりません。 私は今「監督」という立場で、サッカーという「何か」の作り手として存在しています。その規模に関わらず、「人(観

なぜ「コーチ」という仕事だったのか、なぜ人は仕事を選ぶのか——。

どうせなら今世のうちに2種類くらいの人生は歩んでみたいと思っている人間なので、10年後、20年後は何をしているかまったくわからない。でも、今は広く括ると「コーチ」という仕事に必死に食らい付いている。この仕事が持つ価値は何か、なぜ必要なのか、どんな仕事なのか、そういうことを問うていると、結局行き着くのは「自分とはどんな人間なのか」である。 この場合、「(このコーチという仕事を選んで、才能があろうがなかろうが、楽しいことがあろうが苦しいことがあろうが、とにかく良い仕事がしたいと

「ブランド」とはコンプレックスに向き合うことなのかもしれない

“「ブランド化する」ということは、企業にとってきわめて重要なことです。その企業の使命や価値を多くの人に知ってもらうことで、働き手は「見られている」ことを常に意識し、自分たちを高める努力を怠らず、「自分たちらしさ」をさらに追求していくようになります。こうなるとブランド価値はさらに高まる。まさに好循環を創りだすのです。これは個人も同じです。” 「ブランド」とは何か、「ブランディング(ブランド化する)」とは何か、を考えるようになって久しい。先日カメラマンの岡元くんがインタビューを