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Door15: ロマンチックをつくるもの~モンテゴベイ(ジャマイカ)

ある国を思い浮かべる時、そこで出会った人や出来事よりも先に、その国特有のムードが浮かんでくる。
形あるものではなくて、日差しや湿度、路上に漂う匂いや、空の色などが交わりあってつくられる空気感。
同時に、頭の中に流れ出す、その土地固有の音楽。
ジャマイカでは、もちろん、レゲエ。

キングストンから、リゾート地のモンテゴベイに移っても、治安の悪さは相変わらずだった。
もらった地図を見ながら目的のビーチを探すが、そこに行くまでも、同じような美しい浜辺がたくさんある。
でも、ひとつ間違えると、昼間でも殺傷事件が絶えないスポットだから、注意するようにと言われ、緊張した。

帰りに寄ったケンタッキー(ジャマイカ名物のジャークチキンに対抗するからか、ジャマイカのケンタッキーが妙においしいと聞いていたので)
の店内ですら、警官がうろうろしていた。

歩いていた通りの八百屋の角を曲がったら、ゲットーにつながる。
街の中に立ち入り禁止地区を抱えて生活するってどんな感じなのだろう。
日本でも、地域によっては立ち寄りがたい場所というのがそれなりにあると思うけれど、私の暮らす札幌では殆ど意識する必要がない。

ドライバーに”never go!”と言われたその地域を、車窓からほんの一瞬覗き見た。
物騒な雰囲気だと思っていたメインストリートが平和に思えるくらいの殺伐感。
道端の人の目が鋭すぎる。

だけど、わたしはその地域に行ってみたいなあと心から思った。
どうしてこんなにもスラム街に心惹かれるのだろう。
整備された場所よりも、雑多で混沌としている場所に自然と気持ちが吸い寄せられる。

危険な目に遭いたい訳ではないし、そういう場所に暮らす人をかわいそうと思う訳でもない。
わたしの知らない生きる術を持ってる人たちや、わたしが暮らす中では決して見ることのない種類のきれいなものや、感動的な瞬間がたくさん埋もれていることが、自然と分かるからだと思う。
けれど、興味だけで、それを覗き見る勇気も図太さもわたしにはない。

世界中のいろんな国の階層を、世界中の人が数日づつ全部体験できたらいいのにと思う。
世界中が平等で格差がなくなることを願えばいいのかもしれないけれど、わたしはそれよりも、全部体験したいと思ってしまう。
王様みたいな生活も、ゲットーでの暮らしも。

メインストリートを行きかう人々を眺めながら、それにしても、恰好良い人が多いなあと感心した。
ぼろぼろの服を着ているけれど、身のこなしがスマートでなんだか洒落ているし、ひとりひとりに独自の雰囲気も感じられる。
それを見ていると、日本でもジャマイカに夢中になる人が多いのが分かる気がした。

普通の日本人にはどうやっても身につかないだろう、身体の使い方と、ナチュラルなムード。
そんな人達が集まれば、自然といろんな隙間や流れが生まれて、簡単にロマンスが始まるだろうと思った。

宿のドライバーに連れて行ってもらった、極めてローカルなダンスホールは、照明もほとんどなく、ただの暗い小屋だった。
スロウテンポのオールディーズに合わせ、地元の人たちがラフな格好でリラックスして踊っていた。
それを眺めながら、そうか、この人たちの頭の中ではいつもこういう音楽が流れているんだ、と思った。

ジャマイカに来てから、車の中でも、ラジオからも、スーパーマーケットでも、どこでも流れてくるレゲエ。
曲調やテンポは様々でも、共通する感じ・・・
熱い曲でもどこか抑制されていて余裕がある感じだったり、刹那的できらきらした浮遊感だったり。
生まれた時から、そんな音楽に浸って生活すれば、あの独特のムードが身につくのも分かる気がした。

同じものを見たり、同じ体験をしても、BGMが違うと随分違った印象になる。
キューバだって、サルサではない音楽が流れていたら、もっと痛々しい印象だったかもしれないし、ジャマイカで演歌のような湿度高めな音楽が流れていたら、人々の身のこなしもかわってきていただろう。
そのことを実感してから、日常生活でも、何か違和感を感じたり、気持ちが晴れない時、実際に聴く音楽はもちろん、脳内で流れる音楽も意識してみるようになった。

買ってもらった、ラムとクリームの入った強いお酒をおかわりしながら、甘かったりしゃがれてたりする歌声に合わせて揺れていたら、歌詞はわからないけれど、ビーチの美しさも、小さな闘いが繰り広げられているかもしれないゲットーも、通りを歩く人々のたくましい生活も、山奥の畑にいたドレッドのラスタマン達も、すべて音楽の中に含まれているのが伝わってきた。

そしてそれらの美しいものや深刻なものをミックスして、ジャマイカンミュージックの魔法をかけると、不思議なことに、暗い小屋でも、殺伐としたストリートでも、ただただロマンチックな世界が生まれるんだなあとぼんやり思った。

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