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Door14: 予知とノスタルジア~ライムキー(ジャマイカ)

朝起きて、リビングに行くと、宿で働く夫婦の罵り合う声が聞こえる。
「お金くれないと、生活できないんだよ!ご飯食べさせないわよ!」
ジャマイカ人の旦那と、日本から嫁いだ奥さん。
小学生の娘はガムを噛み噛み、パソコンでゲームを続けている。

今日は旦那が車で、キングストンからすぐに行けるライムキーという小島にいく波止場まで、送ってくれることになっていたのだ。
ずんぐりした体に、蛍光グリーンのTシャツを着た、人は悪くなさそうだが、極めて軽い感じの男。

運転はめちゃくちゃだし、妻がいないことをいいことに、車窓から、道行くギャルをナンパしている。
どうしてわざわざジャマイカまで来てこの男と結婚したかなーと思うし、実際喧嘩が絶えない2人だけれど、数週間前に二人目の赤ちゃんが産まれたばかりで、夫婦ってミステリアスで面白い。

波止場には、ガタイのいい漁師達がたむろしていて、その中の一人がボートで島まで連れて行ってくれた。
透き通ったカリブ海にぽっかり浮かぶ小さな島。

着いてみたら、そこには私たち以外誰もいなくて、貸切状態だった。
ぬるくなる前に、買ってきたレッドストライプを飲んでは、海に浮かび、上がっては飲んで海を眺め。
温まった海水に友達と浸かり、なんだか温泉にいるようだねと話す。
体からいろいろなものが抜けていく感じがした。

ここまで旅はあっという間だった。
この先、キューバ、メキシコ、LA、ハワイと南国を巡って、旅は終わり。
その後は真冬の札幌で、日常生活が再開する。
とっくに30歳も過ぎて、無職無収入、古い安アパートで、同居人もいない生活からの再スタート。

だけどその時、透き通った浅瀬にひたっていると、太陽がちょうど真上に昇り、波間にきらきらした三角がいくつも映り始めた。
それが、自分の方に押し寄せてくるのを見ていると、ただ幸せな気分で、これからもいろいろあるだろうけれど、きっと楽しいこともいくつも起こるんだろうなと、なんの疑問もなく、自然にそう思えた。

海から上がり、眩しい光の中、友達と一緒に、セルフタイマーで記念写真を撮った。

実際旅を終えて、札幌に戻ってきたけれど、新しい仕事を探し、再就職したり、引越をしたり、日々いろんな人と、出会いや別れを重ねているわけで、実は旅の気分との明確な境目はない。

毎日泊まる場所を考えたり、明日はどこにいるか分からないといったことはないから、旅の時より安定感があるとは思うけれど、震災などを見てしまうと、それも錯覚の上になりたっているだけかもしれない。
どちらにしても、旅の後も、楽しいことはいくつも自分を通りすぎていくし、それは今だにジャマイカの海で見た風景に重なる。

宿に戻り、ぞんぶんに昼寝をして、庭のハンモックにゆられてみた。
ちょっと車を飛ばして、天国のような美しい海に行って、ただぼおっとして、風通しと日当たりの良い部屋で昼寝。
旅をしていると、そんなことを何回も体験して、これがあたりまえのように思えてくるけれど、日本に帰ったら、ただそれだけのことが、滅多にできないことだったということを思い出す。

洗濯物がたなびき、離れた場所には、生まれたばかりの赤ちゃんをゆらす奥さんの姿が見える。
ラジオから流れるゆるいレゲエ。
少しづつ夕方に向かう空。

そこにいると、子どもの頃、夏休みにおばあちゃんの家にいた時の気分になった。
日本を離れて、こんな遠くのジャマイカ人の家で、と思ったら不思議だったけれど、雲の様子が変わっていくのや、南国の植物の大きな葉っぱが風に揺れる様子を眺めていると、押入れから出てきた、色褪せた写真を見ているような懐かしさを感じ、あたたかなものに包まれているような気分になって、いつまでもここでこうしていたいなと思った。

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