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Door12: 好きなところへ行けばいい~リスボン(ポルトガル)

土地の起伏が多くて、海を見下ろせる港町。
世界のあちこちにあるけれど、どこでも似たような空気感と趣を感じるのは、海を越えて渡ってくる異国の風と、それに乗ってやってくる文化のかけらのせいだろうか。

坂を登ると眼下に広がる風景に行き止まりがなく、海と空がつながりどこまでも広がっていく。
晴れた日は、その様子に心が伸びやかになり、空が曇りはじめると、その色が海にも映り、取り残されたような少し不安な気持ちになる。

大学時代暮らした小樽がそんな街だったからか、旅行で行った函館や長崎にも、同じような雰囲気があり、なじみやすく感じた。
そして、ポルトガルの首都リスボン。

アジア、アフリカと、目まぐるしい日々を過ごしてきて、やっとヨーロッパ。
リスボンの街を歩く人達の小ぎれいな格好を見て、自分の姿に愕然とした。
破れた箇所を何度も繕い、手洗いを重ねて色あせた、ぼろぼろのワンピースに、日本の百均で買い、3ヶ月間毎日履き続けたビーチサンダル。
趣ある石畳の街角で、それはひどく浮いているのを感じ、とり急ぎ靴屋でサンダルを購入した。

休日には、泥棒市と呼ばれる蚤の市まで歩いたり、スーパーで知り合った日本人の女の子と、教会を見に行った帰り道、人気店に並んでエッグタルトを食べたり。
夜もワインやお菓子を買いこんで、飲みながらずっとおしゃべり。
久し振りに、日本にいた頃の感覚がよみがえってきた。

街を歩いても、人に群らがれることもないし、お店では値札の金額通りに買い物ができる。
カメラや財布を取り出す時にドキドキしなくても大丈夫。
レストランのテーブルに蠅の大群がやってくることもないし、トイレにペーパーを流せるのが何より嬉しい。
(アジア、アフリカとずっと私たちは、どこに行くにも自分用のトイレットペーパーを持ち歩き、トイレに流すことはできないため、宿でもごみ袋に捨てなくてはならなかった。)

ポルトガル滞在最終日、夜にバスでスペインに向かう予定だったため、日中は最後の市内観光を楽しむ時間があった。
宿の近所で目をつけていた、ポルトガル家庭料理屋に向かう。
ポルトガル語は勿論、手書きの英語メニューもまるで解読できないけれど、当てずっぽうで頼んだランチは、気取らない味で、じんわり沁みた。

心地よく重たくなったおなかをこなそうと、のどかな昼下がりの坂道をくだる。
タイルの模様が美しい建物の壁。風にはためく洗濯物。
窓から下を見下ろす猫たち。
階段にこしかけて煙草をくゆらすおじいちゃん。
犬を連れたエプロン姿の奥さん。
路地の奥でいわしを焼いているおじさんと香ばしい煙の匂い。
ひとつひとつの光景に流れる時間があまりに穏やかで、馴染みやすい。
日本のあちこちでもこれと同じような情景を見たことがあるように思った。

通りには、小さなレコード屋や書店も立ち並び、若い人も年取った人もふらりと立ち寄って、お気に入りを見つけて買っていく。
マニアックな品揃えの店にも、辛気臭さはなく、風通しが良い。

眠たくなるような日差しのもと、いろんな場所と季節の記憶が重なり合って、一瞬自分がどこにいるのか分からないような気分になる。
この同じ時間にインドのガンジス川に向かう通りでは今も人だかりができているのだろうか、アフリカのサバンナでは象の群れが歩いているのだろうか、ベトナムの交差点ではひっきりなしにバイクが・・・などと旅してきた国の風景が頭をよぎり、世界のカラフルさを改めて考えずにはいられなかった。

更に歩いていくと、廃墟となった、灰色の石造りの教会が現れる。
1755年の大地震によって、崩壊したままの姿。
飛行機雲が幾筋も交わる青空のもと、輪郭だけとなった姿を晒している様子は、なんだか清々しかった。
教会に登り、つながる展望台へと向かう。
そこからは、リスボンの街並を見下ろすことができる。
いくつもの煉瓦色の瓦屋根が続き、その端は、輝きを放つ海と空に溶けている。
眺めていると、気持ちがどこまでも広がって行く気がする。

いつでも、すぐに来られる気がするのにな・・・
日本で生活していた時、旅することは、どうしてあんなに大変だったのだろう。
どこも全部つながっているのに。
通信技術は驚くほど発達して、リアルタイムで、遠く離れた人と会話をしたり、異国の風景を画像で見ることもできる。
それなのに、実際に体を移動させるには、どうしてあんなにお金がかかったり、面倒な手続きが必要なのだろう。

だけど、その時、お金や時間の問題云々を超えて、もっと直感的に、旅することはそんなに難しいことではないし、行きたい所へ行って構わないんだという思いが、こみあげてきた。
いろんな言い訳をしそうになる時もあるけれど、あの時リスボンで思ったことが本当のことなのだと、今も思う。

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