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クリスマスの夜空の下で

表参道。この時期になると美しいイルミネーションでけやき通りが彩られる。家族連れ、カップル、友達仲間など幸せそうな人々が、その輝きに照らされている。そんな中、6年前の私は灰皿掃除をしていた。

イルミネーションが施されているエリアには、たしか13箇所の喫煙ステーションがあった。日々大勢の人がタバコを吸っては捨てていた。

喫煙ステーションの灰皿は、鉄でできた箱型の覆いがされており、上部からタバコが捨てることができる。そしてその中には、鉄でできた箱型の受けがあり、ちゃんと火を消さずに捨てる人への対策で、水がたっぷり入っている。だが、定期的に取り替えないと、大量のタバコの吸い殻で受けが埋め尽くされてしまい、水は吸い取られ、何層にも積み上がった吸い殻の地層が出来上がる。しばらくすると、火をしっかり消していない吸い殻のせいで、煙が出始め、火が出てしまう。

私も何度か危ない場面に遭遇した。煙がもくもくと立ち上っていて急いで水をかけたこともあった。だからこそ、人出が多い時間帯に一度中身を取り替えておく必要がある。1年でおそらく最も人出が多いこのイルミネーションの時期は、なおさらなのだ。だが、清掃作業中はタバコを吸うことができない。

「ごめんなさい!これから5分ほど清掃を行います。その間灰皿は使用できません。しばらくお待ちください。」
そう言って掃除を始めるのだが、「なんで今なんだよふざけんな」「さっさとやれよ」などと言われることは日常茶飯事。
内部を掃除している時に、ちゃんと火を消していない吸い殻を入れてくる人も少なくない。清掃員が見えていないのだろうか。私の手の上に、次々と吸い殻が落ちてくる。

私が清掃作業を終えて、「以上です。ご迷惑をおかけしました!」と立ち去ろうとすると、ひそひそと「くっせー」「汚い汚い」「よくあんな仕事できるよね」と話している。最初のうちは、いちいち発言に傷ついていたが、次第に慣れてしまった。

清掃道具と、取り替え用の13箇所分の水を運ぶため、少し大きめの台車を使う。人でごった返す表参道を台車を押していかなくてはいけない。「邪魔なんだよ」「うーわ、汚ねー」「くっさ!」などと言われながら次の喫煙ステーションへ向かっていく。

ちなみに私は当時、毎週水曜日の午前中に全く同じ場所である表参道のけやき通りを、グリーンバードというNPO法人の活動でゴミ拾いしていた。その時は、「ありがとうございます!」「ゴミ拾い偉いね〜」と大変好意的なコメントをいただくことが少なくなかった。全く同じ場所の通行人たちである。

さて、クリスマスイブだ。夕暮れ時となり、イルミネーションが点灯すると、人々の盛り上がりは最高潮になる。その日も私は灰皿そうじをしていた。日々浴びさられる罵詈雑言は、あまりにも慣れすぎたせいかもはや聞こえなくなっていた。掃除を終えてゴミ捨て場に行くと、よく出会うビル清掃員の方と一緒になった。
「今日も綺麗ですね。」「ええ、今日という日が、無事に終わって良かったですね。」
冷たい水で手を洗い、作業着から着替えた私は、人混みの中へ紛れていった。

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