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【ひよわな校長の処方箋72】インクルーシブな働き方システム

 その人にはその人の働き方というものがある。毎日、決まった時間から決まった時間までルーティンをしっかり守ってやる方が生きやすい人もいるだろうが、私なぞは、やりかけた仕事を途中でやめて帰宅すると、気になって熟睡できない。寝不足で次の日の授業に差し支えるし、これを繰り返すと健康に良くない。こういったことはその人の特性なのだと思う。
 また、日本の今の教師という仕事は保護者との受けとり合いが大切である。保護者の勤務が終わってから連絡を取ることも多い。この受けとり合いを雑にやると子どもが不安定になったりする。時間が来たから業務終了とはいかない。
 例えば何日も連絡が取れない子どもがいたとしよう。欠席が続き、連絡もなく、電話にも出ない。これはもう福祉課案件だが、福祉課に任せたからあとは知らないとはいかない。子どもの安否はずっと気になる。教師も落ち着かない。自分の生活や健康にも影響が出る。当然教師も夜に家庭訪問してみたり、手紙を出しに行ったりする。どこかでその子がいたという情報が入れば休日だろうと夜だろうと飛んでいく。
 そんなことは滅多にないと言うかもしれないが、実はどの子についても教師は時間を越えたつながりを持っている。ある子のために休日に教材を開発するなどということは、誰でも日頃行なっている。
 そう考えると、教師の仕事内容が今のような状況であるならば、時間を区切って一斉に勤務を終了させるような働き方システムはふさわしくない。教師それぞれの事情を認め合うような、一人一人の特性を慮ったインクルーシブな働き方を許容しあうシステムがいい。
 最近は「定額働かせ放題」という言葉があって、「だから時間がきたら仕事をやめるのが大事だ」という意識が強くなってきている。
 しかし、問題なのは時間ではない。数学教師が数学の教育に全力を傾けられないことが問題なのだ。数学教師は数学の授業のためなら時間を忘れて準備したり評価したりする。それが子どもたちのためだし、その教師の使命だ。教師の使命にとって、勤務時間などの制約は邪魔でしかない。給与は時間でなく、何人をどこまで教育するのかによって決めてほしい。
 それなら生活を指導したり福祉的なかかわりをしたりする担当など、もっと人を増やさなくてはいけないという話になるが、学校にはそういう金はないので、いる人数だけでできる教育、かけられる時間だけでできる教育をするしかない。
 教科書を終わらせることが責務ではない。教育することが教師の仕事だ。

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