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“パンパンガール”を語る「金ちゃんの紙芝居」12~【 朝霞を仕切っていた「白百合会」 】

前々回(第10回)でも紹介した絵。

朝霞でパンパンガールとしてデビューしたものの、恐怖と羞恥心から、2年経っても、街頭で、まともに立つこともできなかった女の子「どんぐりちゃん」(左端、犬を連れてしゃがんでいる)を描いている。

この絵からは、他にも読み取れることがある。

朝霞を仕切るパンパンガールの組織「白百合会」の影だ。


口をヘの字に曲げているのは、他のパンパンガールに米兵を取られてしまったから


━━ いちばん右、ピンクの服の女性は、口をへの字に曲げ、米兵を睨みつけているようにも見えるんですけど、これは何かあったんですか?

金ちゃん)  それはね、客である兵隊の取り合いをしていて、他のハニーさん(=パンパンガール)に「取られちゃった、畜生!」って顔ですね。

━━ なるほど。

金ちゃん) そうかと言って喧嘩をするほどの度胸も無いし、渋い顔をしている。

━━ いちばん左、緑の服の方も怒ってますね?

金ちゃん)  そうですね。

険しい顔のお姉さんは、「白百合会」に入っていないパンパンガール

金ちゃん) 実はね、こんな場面で、険しい顔をしているお姉さんっていうのは、「白百合会」に入ってないお姉さんなんですよ。

━━ そうなんですか!?

金ちゃん) 「白百合会」に入っているお姉さんならば、横取りされませんから。

逆に、兵隊を横取りするお姉さんは、「白百合会」に入っているお姉さんですよ。

で、「白百合会」同士では、決してそういうことはしません。
仲間内の仁義みたいなのがありますからね。

━━ なるほど!

「白百合会」に入れば、仲間内で客を奪い合うことはない。
けれども、もちろん、その見返りを要求される。

金ちゃん) 上納金を取られるわけですよ。

━━  ああ、「白百合会」に?

金ちゃん) 「白百合会」に。
上納金は1か月300円って聞いたのを覚えています。

前にも書いたが、東京・板橋の一戸建ての家賃が150円(昭和23年)から900円(昭和27年)という時代(『値段の明治 大正 昭和 風俗史』(朝日文庫)による)。300円はかなりの高額だ。

白百合会の親分 「ゴリラの照」

金ちゃん) 真ん中の女性が、「白百合会」の女親分「ゴリラの照(てる)」。

━━ 貫禄ありますね!

金ちゃん) やたら入れ墨があってね、この人は。

━━ へぇ~。

金ちゃん) だから「按摩膏」を貼って…。

入れ墨隠しの「あんま膏」。これは前回、紹介した通り。

「もう一つ、注目してほしいことがある」と、金ちゃんが言う。

「ゴリラの照」が白い服を着たわけ

金ちゃん) 照さんが白い服を着てますよね、白いワンピースを。

━━ はいはい。

金ちゃん) これ、ちょっと意味がありまして、白い服を白く着るということは当時は大変な贅沢だったんですよ。

━━ と言いますと?

金ちゃん) 真っ白なワンピース…白い服っていうのは汚れが目立ちますよね? だから、絶えず洗濯しなきゃいけない。

━━ なるほど。

金ちゃん)  と言って、自分で洗ったんじゃ、白くは仕上がらない。
当時は石鹸の質も悪いし、逆にどんどんどんどん、黄ばんじゃいますからね。

じゃあどうするか、というとクリーニング屋に出すしかない。

それには、かなりのお金が掛かりますよね。だから、これ大変な贅沢だった。

━━ なるほど、なるほど。

金ちゃん ) 要するに、白い服を着ているってことは「ゴリラの照」にしてみれば自慢だったし、豊かさを見せつけているわけですね。

他の女性たちも、この真っ白な服に憧れたんです。

━━ なるほどねぇ。

当時の洗濯事情は第7回でも触れた。こちらも実に興味深いので、ぜひ、ご一読いただきたい。

いつも子分を引き連れていた

━━ 後ろにいる二人は何者ですか?

金ちゃん)  簡単に言っちゃえば子分、「白百合会」の幹部。

━━ 幹部?

金ちゃん ) 照さんが一人で歩くことはないんです。

━━ はい?

金ちゃん) 「ゴリラの照」が、一人で歩くことはありません。

━━ ああ、そうなんですか?

金ちゃん ) 自分には子分がいるんだっていうところを、これもまた、見せつけているわけですね。

━━ あー、なるほど。後ろの二人が持っているのは何でしょう?

金ちゃん ) 棒切れとか杖とか木刀とか、それから竹刀みたいなものを持っていました。

まあ、滅多に使うことはなかったですが…。

━━ どんな時に使ってたんですか?

金ちゃん ) パンパンガールになろうと、他所から朝霞へ移ってきた女性がいたとする。声をかけて、「白百合会に入んなよ」って誘っても言うことを聞かず、勝手に客を取った場合、駅前の資材置き場に連れて行って、リンチを加える…みたいなのはありました。

駅前 資材置き場での白昼リンチ

━━ 右の方、女性が米兵を制止しているみたいに見えますけど、これはどういうことなんですかね。

金ちゃん) これは、米兵が見かねて「お前ら、もうやめなよ」って言ってるところですね。

━━ なるほど、なるほど。

金ちゃん) それを「おまえらの出る幕じゃないよ」ってな感じで、女の子が押し返している。

━━ なるほど。その左の女性は手を広げてますけど、これは?

金ちゃん)  手を広げた先にいるのは交番のお巡りさんです。警察に対しても、「お前なんか関係ねえよ」ってな感じで、手を広げている。

これ、駅前だから大勢の人が見てるんですよ。だけど、誰も何も言うことができない。

━━ 「白百合会」には、どっかのやくざがバックについていたんですかよね?

金ちゃん) もちろん、ついてますよね。

━━ となると、バックにヤクザもいるし、下手にちょっかい出して、怪我してもいけないって思ってしまう?

金ちゃん )そうそうそう、そういうことですよね。

池でのリンチ

「白百合会」には入らず勝手に商売をした女性へのリンチは、朝霞駅近くの「広沢の池」でも行われた。

全裸にされ、池につき落とされ、 溺死寸前で引き上げる。

たまたま居合わせた金ちゃんたちは、足が震えて、その場を去ることもできなかった。
「だれにも言うんじゃねえぞ!」というパンパンガールの声に、こっくり肯くのが精いっぱいだったという。

金ちゃん)  この広沢の池では、近所に住んでる農家のおじさんが「よう姉ちゃん、もうやめてやれよ。可哀想じゃねえか」なんて言うこともあったんですよね。 

ところが、「うるせえ爺(じじい)! 黙ってろ」ってなもんで。

━━ 結局、「白百合会」に盾突ける人は、当時、いなかったってことなんですかね。

金ちゃん ) そうです。

「金ちゃんの紙芝居」が教えてくれること

もちろん、これまでも再三、触れているように、ひとりひとりのパンパンガールは優しい女性だったり、知恵深かったりする。

でも、生きるために、自分たちの権益を守ろうとするとき、信じられないほど残虐になった。

何も、それはパンパンガールだけの話ではなく、人間が共通して持つ弱さ、と言えるかもしれない。

「金ちゃんの紙芝居」は、そうした普遍的な真実を、歴史の中から教えてくれる。




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