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「途中でやめる」デザイナーの山下陽光さんと、檜原村に野生のわさびを探しに行ってきた #東京わさび

リメイクブランド「途中でやめる」のデザイナー、山下陽光(やました・ひかる)さんのことを知ったのは、いまからおよそ10年前のことだ。当時、山下さんは「アトム書房」なる、戦後間もなく原爆ドームの付近で営業されていた謎の書店をリサーチし、その研究成果を続々とネットで発表をするという活動を行なっていた。

学者や研究者というわけでもない山下さんが独自のアプローチと表現方法で「アトム書房」の全貌を明らかにしていく、そしてその過程がリアルタイムで発表されていく劇場型のリサーチ活動はエキサイティングで、僕は山下さんの作り出す世界観に夢中になってしまった。

2014年に山下さんが広島県福山市の「鞆の津ミュージアム」で展示会をした際は、壁新聞のごとく「アトム書房」の調査報告を大々的に発表していた。

そんなわけで、いまや「ファッションの人」というイメージが強いかもしれない山下陽光さんだが、中古ファミコンカセットの裏に書かれた名前を手がかりに持ち主を探して返しに行ったり(ファミカセいこかもどろか)、JR駅構内にてガムテープで番線案内のレタリングをしていた名もなき警備員さんをフックアップして世に広めたり(修悦体)、もうとにかく昔っから面白くて不思議な活動をたくさんやってこられた方なのだ。

「ファミカセいこかもどろかvol.1」

そんな山下さんが、コロナ禍になってから「わさび採り」にどハマりしている。昨年まで移住生活を送っていた福岡から日々Twitterを通じて発信される、山に分け入り、沢に這いつくばり、わさびを探す活動報告。そして、数年ぶりに東京に戻ってきてからも、奥多摩などに足を運び、果敢にわさび採りに挑んでいるという。

わさびにハマりすぎて、しまいにはわさび模様の服を作ったり、部屋にチューブわさびを隠してそれを探す「擬似わさび採り」の動画をアップしたりしている。完全に「わさび採り」に狂っちゃっているのだ。なんでやねん。

そんな「なんで、わさびやねん」の謎を解明するべく、勢いで山下さんに取材を申し込んだところ、「ファミレスでわさび採りの話をするのもなんですからね〜」と、なんと実際にわさび採りへ同行させてもらえることになった。目指すは東京の奥地、檜原村。前置きは長くなったが、現地に向かうレンタカーの中でインタビューをした内容と、わさび採りの様子を写真で紹介していきたいと思う。

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山下陽光(@ccttaa)。1977年、長崎生まれ。ハンドメイドファッションブランド「途中でやめる」主宰。 

沢沿いの1000円利権

ーー東京に来てから、わさび採りって何回くらい行ってるんですか。

山下:まだでも、4回くらいしか行けてないんじゃないかな。

ーーちなみに福岡から東京に戻ってこられたのって、いつでしたっけ?

山下:去年の年末でした。クリスマスくらい。

山下さんが以前から目をつけていたという、檜原村某所の林道に到着。車を降りて、山道をズンズンと進んでいく。

ーー福岡にいた時は、かなりの頻度でわさび採りに行ってましたよね。

山下:(東京に来てからは)金持ちの遊びみたいになっちゃってるんですよね。(自家用車がないので)こうして車借りないと行けないし、この間は帰りに高速乗ったら、気づかないうちに都市高速に入っちゃって、高井戸から確か都市高速になるんですけど、永福町のひと区間だけで2000円ぐらい払わされた。すげえ損したと思って。

あとこれちょっと面白いんですけど、東京って沢に行くための利権がすごいんすよ。車を停めてバーベキュー、沢遊び、川遊びができますよっていうのに(謳っているのに)、川沿いに停めるとそこに住んでいる人に駐車場代1000円とられるっていう、謎の1000円利権があって。素人じゃ絶対に(無料で)沢に行けないようになってるんですよ。川なんて無料(ただ)なのに、ちょっとムカつくじゃないすか。

林道の途中にさっそく沢を発見。慣れた手つきで、沢登り用のシューズに履き替えていく。そのスピード感にまったくついていけない。何がこれから始まるのか。

ーーそれは、ムカつきますね。

山下:しかも1000円だったら楽勝で払うけど、えぐいところでは1人1000円とかだったりするんですよね。例えば今日だったら車一台1000円、人が二人で2000円、合計3000円払うっていう。それはなかろうって感じじゃないですか。だったら、1000円のわさびを買った方が全然安くない?みたいな。

ーー福岡の時はもっと気軽にわさび採りに行けてたんですか。

山下:前はドアtoドアで1時間で現場に着いてましたからね。今は、下道で3時間もかかるし。

急斜面の沢をぐいぐいと登っていく。マジか。必死についていくが、運動不足がたたって、すぐに息切れする。そして山下さんは「わさび、ないっすねー」と早々に諦めて降り始める。判断の迅速さから”玄人”を感じる。

ーーちょっと、まとまった時間が必要だと。

山下:そうそう。金もかかるし、何やってんの?みたいな。

「わさび自生しててワロタ」

ーーいつもわさびはどうやって探してるんですか?

山下:YAMAPっていう登山アプリがあって、それがめちゃくちゃ便利なんですよ。山の地図とGPSが連動しているんですけど、その地図上に他のユーザーが投稿した写真も表示されるんですね。「菊の花が咲いてました」みたいな。ユーザーの中には「自生のわさびがあった」と口を滑らしている人も結構いるので、山の名前とわさび、地名とわさびとかで、ひたすら検索しまくって。

さらに林道を奥へと進んでいく。それらしき場所があると、さっと駆け寄る山下さん。日当たりが悪くて、湿っていて、シダやコケ植物が生えていると、”臭い”らしい。「わさびの声が聞こえてくるんすよ」。

ーー登山アプリの意外な活用法。

山下:普通に「わさびおにぎり、おいしかった」みたいな投稿も引っかかってくるんですけどね(笑)。プラス俺は、Twitterでも検索するんですね。だから最初に東京でわさびを見つけた場所は、奥多摩駅から4駅ぐらい手前の「軍畑(いくさばた)」というところなんですけど、「●●●(施設の名前)の一階にわさびが自生しててワロタ」っていうツイートがあって、俺3〜4回行ったんですけど見つけられなくて、そっから1時間ほど歩いた場所で、ようやく見つかったんですよね。

わさびなんて、そうそう見つけるわけないよねーと思っていたら。

ーーもともと、わさび採りにハマったきっかけはなんだったんですか?

山下:あれは2021年ですかね。家族で島根に行ったんすよ。「ファッション イン ジャパン 1945‐2020―流行と社会」という展示会があって、そこに「途中でやめる」も出品してくれてて。それで、島根の友だちが広島まで来るまで送ってくれたんですよ、下道を通って。その途中の道の駅で、ちっちゃい本わさびが3つで400円とかで売られてて。

あったよ、わさび。大きな林道から、横に沿って流れる沢へ分け入ると、すぐにわさびがコンニチワ。これには山下さんもビックリ。こんなに幸先よく見つかるとは。

ーー安いですね。

山下:でも、見たことないぐらい小さいんですよ。道の駅って結構不揃いの野菜が売ってたりするじゃないですか。にしても小せえな、ってことは、これ育ててるんじゃなくて、その辺のやつを採ってきてんじゃないの?と思って、店の人に聞いたら、島根って昔は東の静岡、西の島根って言われたぐらい、わさびの産地としてすごかったらしいんですよ。

こんなに小さいけど、わさびなのでした。

ーー島根がわさびの産地だったとは、知りませんでした。

山下:水害があったりとかで(わさび産業が)ダメになっちゃったりしたらしいですけど、一時相当すごかったらしくて。だからその名残があンのか、と思って(それで、わさび採りに興味を持った)。

島根はしょっちゅうは行けないけど、佐賀の山奥に水汲みに3週間に1回ぐらい行ってたんですよね。福岡、水まずいんで。で、水汲みに行ったときに、この上とかにひょっとしたらわさびあんじゃないの?と思って。

そんなことを確かTwitterでつぶやいたら、YAMAPっていうアプリが便利ですよって教えてもらって、九州の佐賀と福岡の県境ぐらいに脊振山って山があるんすけど、「脊振山 わさび」とかで検索してたらやっぱ結構出てくるんですよ。ちょうどその当時、自分の中で服部文祥ブームがあって、沢登りとかしてたので、YAMAPをヒントに2回目ぐらいにわさび採りに行ったら、もう50個ぐらい採れて。

ーーそんなに採れるんですか!?

山下:採れちゃって(笑)。覚醒しちゃって、そっから。だから俺、街中とか歩いていても、公園の池とか見て「わさび、ねえかな?」って思っちゃうんですよね。もうわさび、探したくてしょうがない、末期症状だから(笑)。

わさびの声が高まってきたのか、ぐいぐいと確信を持って歩を進める山下さん。

ーーそれは、だいぶ末期ですね(笑)

山下:新宿に湧水の出る、おとめ山公園っていう場所があるんですけど、そこの公園のボランティアのおじさんになって、草刈りに見せかけて、わさび植えに行こうかなとも思ってて。

ーーないなら自分で植えちまえって(笑)

山下:(勝手に)やっときましたんで、って(笑)。いま新大久保の家に住んでいるんですけど、実はうちに井戸があるんですよ。そこにわさび植えようと思って住んだところもあるんですけど、大家さんに聞いたら、「あれ飾りだよ」って言われて。昔は、井戸として実際に水をくめていたらしいですけどね。

わさび採りにハマりすぎて、わさびの服も制作。山下さんのTwitter(@ccttaa)より。

ーーそうなんですか!?

山下:最近は「途中でやめる」の直売で出張した時にも、地方から来ましたみたいなお客さんに、俺が勝手にYAMAPで調べて、「あんたンちのこの辺にわさびあると思うから代わりに見といて!」みたいに、むちゃくちゃ言ってますけどね、服の話もせずに(笑)。なんならそこの山の沢の近くで直売やりたいんでよろしく!ぐらいの。そんなとこ、お客さん誰が来るんだよみたいな(笑)。

ーー完全にわさび狂いじゃないですか。

山下:俺、だから苗字に「沢」つけたいんですよ。「山沢」とか。

ーー……どういうことですか?

山下:いや、「元々沢の人なんですよね」みたいな。

ーー「沢」という概念を装いたい。

山下:与沢翼とか、沢くんねえかんと思って。だって、あいつ水のこととか何も言わないし。その沢くれよって。

「探しマン」にとっての最高の娯楽

ーー何でそんなに、わさび採り、どハマりしたんですかね?

山下:中古レコードとか古着とか古本を、ひたすら探してた感じってあるじゃないすか。もう死にそう、疲れるけど、あと2件(行こうと思ってたお店が)残ってる、これ行かないで帰ったら絶対後悔しそうだし、みたいな時にこそ、探してたレコードが見つかるんですよ。

第一わさび発見から、歩いて数分ほど。ついに、わさび第二波がやってきました。

ーーああ。めっちゃ、わかります。

山下:でも、あれってもうやんなくてよくなったじゃないですか。いま、全部ネットで検索できちゃうから。

「さあさあ、ありましたよ〜」と嬉しそうな山下さん。

ーーわざわざお店に行かなくても、ネットで欲しいアイテムを探して、すぐ通販で買えちゃいますからね。

山下:だから、なんかそれがすごい嫌なんですよね。俺、探すのがめちゃくちゃ好きだから。

福岡にいた時は、安い駐車場を探すことぐらいしか、やることなかったんですよ。家族が店でご飯を食べている間にずっと駐車場を探して、90分100円の駐車場を見つけた頃に、LINEで「もう食べ終わったけど」って連絡が来るみたいな。そういう意味で、”探しマン”の自分としては、わさび採りは最高すぎましたね。

なんとこの場所には、わさびが2〜3本も群生していました。頭に何かしらの汁がドバドバ分泌される瞬間。ああ、これがわさび採りってやつなんですね。

ーー「探す」対象として、自生のわさびがマッチしたんですね。

山下:そうっすね。あとわさび採りって、やってる人が少なそうじゃないですか。山菜採りの本はあるけど、わさび採りの本は見たことがない。

ーーああ、確かに見たことですね。わさび栽培の本とかはあるんですけど。

山下:なんか今って、大体のことにマニュアルがあるじゃないですか。マニュアルサイト、マニュアルYouTube。だから、つまんないっちゃつまんないんですよね、調べればやり方が大体わかっちゃうから

第一の沢ではその後成果が上がらなかったので、林道を戻って川沿いで昼食をとることに。

ーーわさび採りは、ネット上に正解がない。だから面白い、と。

山下:あと、わさび採りに行くようになって気づいたのが、外で作って食う飯って信じられないくらいうまいんですよ。

ーー真理だ。

山下:やっぱ、むちゃくちゃ疲れた状態で食ったら、何食っても狂うぐらい美味しくて。ダイソーのカレーが一番うまいんじゃないかっていう結論にたどり着いちゃった。

狂うぐらい上手いと噂のダイソーカレー。

ーーダイソーのカレー買ったことないですど、美味しいんですか?

山下:いやだから、多分何でもいいんでしょうね。要は。

ーー極限状態で食べたら?

山下:そうそう、そうなんですよ。

メスティンでお米を炊く一連の流れは手慣れたもの。
嘘偽りなく、クソうまかったです。

ーーなるほど、それはありますね。でも、日常で本当に死ぬほど疲れることってないですからね。ありますか?

山下:わさびのときぐらいじゃないですか。だって、わさび採りに行ってる時、5キロぐらいすぐ痩せましたもん。

ーーそんなハードなんですか!?

山下:沢を登っている時って、ちょっとだけ「死」があるんですよね。「ここで落ちたら、死ぬかもしれない」が、ちょびっとだけある。一歩ずつが全神経を使うんで、めちゃくちゃ疲れるんですよ。でも普段、使わない筋肉を使うことになるので、全身で「生きてる感」を感じることができる。だから、心地いい疲れなんですよ。

腹ごしらえをした後は、再び車を走らせて第二の沢に。山下さんがわさび取りの過程で知り合った檜原村在住の通称「横沢」さんの家の、横の沢に。家の横に沢があるから「横沢」。

ーーなるほど、そういうことか。

山下:うん。俺、昔は痩せてたんですけど、自分が太ったことってあんま気付かなくて。昨日今日で急に20キロ太ったんであれば、さすがに気付くけど、ずっと太り続けているから。でも、沢登りをしていると、「あの石に飛びたいのに、自分の体が重くて飛べない」って自覚させられるから、ムカついてしょうがないんですよ。あ、これちょっと体を絞らなきゃダメだぞ、と思わせられる。

ーーわさび採りには、そういったフィジカル的な気持ち良さもあるんですね。

山下:そうっすね。ただ、基本はあんまり動きたくないっていうか、わさび採りに行く時も、沢のある場所ギリギリまで、車で行きたいんです(笑)

ーーあ、その過程を楽しんでいるわけじゃないですか?

山下:そうなんですよ。なんなら、見つけたわさびを持ち帰らなくてもいいくらい。

横沢さんの沢ではわさび見つからなかったので、最初のポイントで見つけたわさびを水辺に植えることに。

ーーえ、マジすか!?

山下:わさび見つけて「あったー」って言いたいだけなんですよね。ブラックバスと一緒。だから、最近は嘘のわさび採りの動画撮ってるんですよ。新宿に水がまあま綺麗で、循環している池があって、そこでわさび採りをしている様子を娘に撮ってもらって、「実はここ、新宿でした〜」って(笑)

ーーその動画、誰が共感できるんですか(笑)

山下:俺だけ、でしょうね(笑)

ーーじゃあ、苦労して採った自生のわさびを食べること自体には、あまり重きをおいてないんですね。

山下:だって本わさびを好きなやつは、「チューブのわさび食えない」とか言うんだけど、チューブのわさび、めっちゃうまいじゃないですか。よく違いがわかんないというか、よくこんなに本わさびに近づけられんな、と俺は思うくらい。それぐらいチューブのわさび、美味しいと思いますけどね。じゃあ、なんでわさび採ってるんだよって言われそうですけど(笑)

第三の沢では、山下さんの知り合いの「もえちゃん」(檜原村在住)と合流して、わさび探し。

ーーでも話を聞いてると、わさび採り、流行りそうな雰囲気、満載じゃないですか? わさび採れるし、痩せるし、ちょっとアウトドアの要素もあって。

山下:でもこれ、流行られても困るし、俺いろんな人から行きたいって言われるんすけど、一緒に行けてもマックス2人じゃないすか。

ーーあんまり大人数で一緒には行けなさそうですね。

山下:しかも、結果的にわさびが見つからない可能性の方が高いのに、1日かけて探すわけですからね。せっかく友だち連れて行ったのに、採れなかったら「なんなんだ、こいつ」って思われるんだろうなと思うと……。それでも、俺はまあまあ楽しんですけどね。

ーーでも、側から見ていると、本当に山下さん、楽しそうですよね。

山下:そうなんですよ、楽しいんですよね。特にやっぱ町中にいると1人ぼっちになることが全然ないんで、誰もいない場所に行くってだけでちょっと楽しいっすね。キャンプとかも流行ってるけど、なんで金払って横のやつに気をつかって火使ったりとかしてんだろうと思って。もう全部やり放題じゃないですか、わさび採りに行ってるようなところって誰もいないから。野糞してもいいし、焚き火してもいいしみたいな。

インターネットから遠く離れて

わさび採りも終え、スーパー銭湯で汗を流した後、都心に帰る途上の車の中で、山下さんがポロッと漏らした言葉が忘れられない。

「いまって、インターネットからの距離がどれだけ離れているかで、物事の価値が決まっていると思うんですよね」

なるほど、と思いつつ、反射的に「でも、山下さんってインターネット、めっちゃ好きじゃないですか」と返してしまう。山下さんも少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべて「そうなんですよね〜」と笑う。

インターネットから離れ、離れ、離れた人の目のつかない沢沿いで、ひっそりと葉を繁らせていたわさび。山下さんの言葉を聞いた後、まだ頭の中に残像として残ってた、自生するわさびのたたずまいが、なんだか神々しいもののように見えてくるのであった。

少量ながら、採ったわさびは自宅で食べてみることにしました。
これがすりおろしたわさび。少し繊維っぽい感じですが、色といい、香りといい、ちゃんと「わさび」です。これには感動。そして、ちゃんと辛いんです。


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